『神尾一馬の事件簿 入谷・鬼子母神殺人情景』高梨耕一郎
f0035084_11561156.jpg高梨耕一郎
光文社文庫 H17
=目次=
序章・第一章 恐れ入谷の鬼子母神・第二章 朝顔市にて・第三章 すすきみみずく・第四章 浅草、神田界隈・第五章 四万六千日・終章

「第三章・すすきみみずく」より
< 豊島区雑司ヶ谷にある雑居ビルの一室で、大西は首を吊っていたらしい。内藤の死体が浮かんでいた神田川の面影橋とは目と鼻の先だ。>

< 「玄関のドアの前に、こんなものが置いたあったの」
  真奈美が差し出したものを見た勝田は、思わず息を呑んだ。
  一つは、例の二人に奪われた勝田のシステム手帳、そしてもう一つのものは……。
  「なんてこった……」勝田は呟いていた。
  雑司ヶ谷の鬼子母神境内で売られている、すすきで出来た『すすきみみずく』という名物民芸玩具だった。
  野島は、『角がねえ鬼』という言葉を言い残していたが、どちらも鬼子母神に関わっている。
  そして、雑司ヶ谷の鬼子母神は、内藤と大西の死体が発見された場所のすぐ近くだった。>
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# by ouraiza | 2002-01-01 00:06 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)
「雑司ヶ谷へ」 原田宗典
f0035084_4333998.jpgf0035084_4331362.jpg原田宗典著
『優しくって少し ばか』 集英社
単行本 初版 S61
文庫  初版 H2
6つの中短篇 第一作品集



<雑司ヶ谷へ行きたい、と比呂美は言った。>

<「そうそう。カフーとか、いろんな人のお墓があっておもしろいって、あなた教えてくれたじゃないの」>

<ぼくは比呂美の横に立って、目白から池袋にかけての街並みを見渡した。階数は四階だが、ちょっとした高台に建っているので、けっこう遠くまで見通せる。小さめのビルやマンションが互いに覆いかぶさるようにして建ち並び、まるで立体パズルのようだ。そのパズルの中心から、サンシャイン60ビルが高く突き出ている。淋しそうな姿だ、と眺める度に思う。高さも大きさも圧倒的すぎるのだ。気の優しいフランケンシュタインが底意地の悪い小学生に囲まれ、嫌というほどむこうずねを蹴とばされている……そんな感じだ。>

<東池袋にあるその寺院には、ぼくと比呂美の子供が眠っていた。二週間前、むりやりこの世に掻き出して殺してしまったぼくらの子供が。>

M寺は東池袋にある。雑司ヶ谷行きを提案される二日前、主人公はひとりで高田馬場から山手線で池袋に行き、東池袋のM寺を訪れる。

<だいたい池袋という街自体がぼくは嫌いだった。駅前こそ飾り立ててはいるものの、コーヒーカップでワインをがぶ飲みするような無神経さが、あちこちで鼻につく。>

面影橋から都電(<濃い黄色の塊>)に乗り雑司ヶ谷へ向かう。車内の様子。

M寺への道程(池袋駅から)
・池袋の東口から、大通りをまっすぐに歩く。
・駅前のロータリーから次の交差点まで、歩行者天国になっている。
・サンシャイン60へ曲がる交差点で歩行者天国は跡切れ、急に人影がまばらになった。
・おそらく大通りの右側だろうとぼくは踏んでいた。左側には、サンシャイン60に向けてオフィス街が広がっているからだ。しばらく歩いてから適当な角を右折する。曲がりしなに路地の先を見遣ると、ちょっとした緑が目についた。寺院の雰囲気がしないでもない。
・古ぼけた寺院の……伽藍だった。
・M寺ではなかった。違う寺院の名前が書いてある。
・背の高い樹が風に揺すられて、川の流れのような音を立てていた。その音に沿って歩き、右手に続いていた白壁が切れた所でまた立ち止まる。十字路の角に住民用の掲示板があり、付近の地図が示されている。
・その中にM寺の名前はなかった。しかもその地図は現在位置が書き込まれてない
・あたりを見回す。人通りはほとんどない。細い通りの向こうからここまで、風が一直線に吹き抜けてくる。道の左側に小さな花屋。
・花屋に背を向け、当てずっぽうに歩き出す。
・退屈な店の並ぶ商店街が続き、道は二叉に分かれた。右の路地を行くと、すぐに行き止まりになった。ごく普通の二階家だ。畳二帖ほどの庭に雑多な洗濯物が揺れている。きびすを返して二叉まで戻り、今度は左へ行ってみる。路地の両側に民家やアパートがびっしり建ち並び、見るだけで息苦しい。弓なりにひん曲がって、すぐ先でT字路になった。
・T字路を右へ。両側にブロック塀が続く。右側は、たぶん幼稚園。
・道なりにしばらく歩いてから、二、三の角を折れた時点で、ぼくは駅の方角が分からなくなっていた。
・やがてゆるい下り坂になり、鋭角に左へ曲がると、突然森のような場所に出た。アスファルトはそこで切れ、長い石段が続いている。公園だろうか。
・石段を下りながら、ぼくは徐々に神妙な気持になっていった。視界が広がるにつれ、ここだという予感がしてきたのだ。
・下り切って見回すと、案の定寺院の境内だった。背の高い木々に隠れるように、左手に古びた本堂が見える。その脇に、こぢんまりとした庫裡と、挑むような高さの真新しい仏塔……。
・仏塔のもとに立札が見える。近付いて確かめると昭和初期に焼失したものをつい最近再建した、というような内容だった。そして末尾に″M寺″とある。
・視線を上げると、墓地を囲うブロック塀の向うに民家の屋根が続き、その果てにサンシャイン60が突き出している。
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# by ouraiza | 2002-01-01 00:05 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)
「年末の一日」芥川龍之介
f0035084_11595659.jpg芥川龍之介著 T14
『新潮』 T15 1月
『湖南の扇』 文藝春秋社 初版S2
『戯作三昧・一塊の土』 新潮文庫 初版S43 230P
内5P

……夢から覚める
……夏目漱石の愛読者K君に墓の場所を教える約束をしていた主人公
<「お墓はきょうは駄目でしょうか?」
  K君のお墓といったのは夏目先生のお墓だった。>
<「じゃお墓へ行きましょう」>
……動坂から<護国寺前行の電車>で向かう
……車内での小さな事件
<僕等は終点で電車を下り、注連(しめ)飾りの店など出来た町を雑司ヶ谷の墓地へ歩いて行った。
 大銀杏の葉の落ち尽した墓地は不相変(あいかわらず)きょうもひっそりしていた。幅の広い中央の砂利道にも墓参りの人さえ見えなかった。>
……墓が見つからない。迷う
<僕は勿論苛ら苛らして来た。しかしその底に潜んでいるのは妙に侘しい心もちだった。>
……<古樒(ふるしきみ)を焚いていた墓地掃除の女>に道を尋ね、見つける
<お墓はこの前に見た時よりもずっと古びを加えていた。おまけにお墓のまわりの土もずっと霜に荒されていた。それは九日に手向けたらしい寒菊や南天の束の外に何か親しみの持てないものだった。K君はわざわざ外套を脱ぎ、丁寧にお墓へお時宜をした。しかし僕はどう考えても、今更K君と一しょにお時儀をする勇気は出悪(でにく)かった。>
……動坂に戻り、坂の下で休んでいた箱車を押す。

青空文庫 『年末の一日』全文

木山捷平が<雑司ヶ谷の墓地を毎日のように散歩した>(『雑司ヶ谷』)のは推定大正14年(東洋大学入学の年)。同時期。

芥川 龍之介 1892年(明治25年)3月1日 - 1927年(昭和2年)7月24日
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# by ouraiza | 2002-01-01 00:05 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)
「若気のあやまち」 木山捷平
f0035084_20423596.jpg木山捷平 著
『随筆サンケイ』S,39/10 初出

『随筆 石垣の花』 現文社 S.42・2 初版 所収 
約4頁

<私は若い頃、頭の髪を長くのばしていた。>
<いまでもそのころの私を知っている女性にあうと、あの髪は実に印象的だったとほめてくれる。>
<そのころ私は、雑司ヶ谷の墓地の近くに下宿していた。>
<貸主は内閣だか大蔵省だかの印刷局につとめている職工さんだった。きわめて無口な男で、たまの休日に家にいても話声など一日中しないようなひっそりした男だった。
 おかみさんが片手間に駄菓子のあきないをしていた。といっても、ガラスの箱を四つ五つ並べただけの貧弱な駄菓子屋で、商売はあまり繁昌していなかった。>
<「おかみさん、こいつをどうぞよろしくたのみますよ」
 と友人が挨拶すると、
 「あら、あんなことを、おっしゃって……」
 と、おかみさんは包丁を手に持ったまま真っ赤になった。>
――引っ越さねばならなくなり、おかみさんは悔しがる。牛鍋の送別会。わずらわしく、早く終わるよう望む。――
<四十年すぎて考えなおしてみると、まことに残念なことをしたものである。>
――おかみさんからの特別な好意があったのかもしれないと振り返るおかしみ。気付かなかったことを悔いるおかしみ。――
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# by ouraiza | 2002-01-01 00:04 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)