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ほおずき    せと
「臨時短縮営業時間」が2ヶ月半も続くことになるとは思わなかった。その間数回、あれ、短縮しているのは変なのかな、と思ったことはあったが、新型ウイルスの都内の1日の感染者数が緊急事態宣言と協力金によって休業していた感染拡大第1波の日々よりも増えている現状で、どうも踏み切ることができない。そんなふうに営業しているうちに、今の臨時体制にかなり慣れてしまってきていて、通常運転をする時が来たらどんな営業時間にするか決められないでいる。

8月3日月曜日。
 定休日。久し振りに昼まで眠る。
 岐阜の盟友徒然舎さんが贈ってくれた鮎ラーメンを食べる。非常に美味しい。実物鮎以外にほぐされた鮎の身がスープ内に泳いでいる。ちゃんと鮎。
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 養生のため何もしないよう心がける。
 夕方、少しだけ店で事務。

 夜、友人ポンさんが”人生がバーフバリ以前と以後にはっきり分かれる”と仰っていた「バーフバリ 伝説誕生」と「バーフバリ 王の凱旋」を続けて観る。娯楽のエベレスト。サービスの惜しみ無さ。大パノラマファンタジー。とっても面白かった。ファンタジーを越え、こんなときバーフバリならどうするだろう、という観賞以降の現実的日常生活内での問いかけは必ず個人を救う明るい一助になる可能性が大いにあると思う。親知らずの腫れが引かないぐらいでひいひい言っているのが情けないのでもうその痛みを無視しようと決めた。バーフバリなら患部に手を突っ込んでえぐり取って代わりに戦場に散った腹心の部下の骨を歯茎に埋め込んで快心の笑顔をみせてくれるだろう。

8月4日火曜日。
 昼から「バーフバリ」名シーンをかみしめながら再観。

 午後、実家にて父の簡易仏壇の周囲に飾っていた生花の片付け。

 夜、「バーフバリ」の流れから「少林サッカー」を観る。

8月5日水曜日。
 車のフロント部に開いている穴を車用のパテで修理。乾きが速い。初めての耐水やすり。

 積んでいた市場への出品物を一旦店の機械室にしまう。

 極ご近所様へ台車で出張買い取り。

8月6日木曜日。
 午後、外国の方が入口ドアを開け店内に顔だけ入れて「××××、×××××、リーブロ!」と大声で仰る。怪訝な顔をするともう一度同じ言葉を繰り返し、地面を指差し、颯爽と立ち去った。そうか、スペイン語で「ねえ本屋さん、本が地面に落っこちてるぜ」だ、と咄嗟に思い当たり、外に出るとやはり1冊のリーブロが風に煽られて落ちていた。

 細かな諸事をせねば、と思っていたが、番台上の小山を集めて値段付けをし始めたら面白くなってきてとりあえず値段を付けられるものをすべて終わらす。

8月7日金曜日。
 昨日集中して値段をつけていた山をノムが商品化していたら、「薬師丸ひろ子主演映画パンフレット8冊一括」のうち2冊が原田知世だったようだ。

 ここ最近、家賃補助の申請を早くやらなければと思っているのにその作業に集中できない。

 極ご近所様へ出張買い取り。黒めの歴史、美術書。オリコンとヒモを使わない車の荷台への直積み式を採用してみた。玄関から車までのアプローチが短かければ有効だが、近日中に別の買取りを予定していたらできない。

8月8日土曜日。
 体調改善のために早く寝なければとわかっているのに夜が深まるにつれて頭がスパークしてくるのはなぜなのか。体を動かさなければうずうずしてくるのに似て、なんらかの残滓が騒いでいるのだろう。

 午後、大分県から彫刻家さんが父の簡易仏壇に線香を灯しに来てくださる。大分のほおずき農家さんから買ってきたと仰るほおずきがとても立派で驚く。そういえば何年もほおずきというものを目にしなかった、と思う。
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 夜、Hさんと牛さんと居酒屋升三にて作戦会議。

8月9日日曜日。
 午後早くから実家にて片付け。大量のモノにめまい。集中しなければならないのだがそうもいかず、いつも通り兄とぼくは今する必要の無い話をべらべら喋る。スーパーで寿司を買い皆で食事。結局ほんの僅かだけ片付けが進行し、食べて飲んで喋った。
 
 兄のYOUTUBE。

# by ouraiza | 2020-08-18 01:18 | Comments(0)
Bariquand    せと
7月27日月曜日。
 基本的には禁止だが必要なものの受け渡しなど短時間ならエントランスホールでお会いできる、とのことで、短期でご入院中の大学の恩師を御見舞い。
 後、実家で書類を用意し区役所にて父親逝去後の手続き。父親が倒れてすぐから病院のベッドサイドにいて回復していく様子を見ていたら、人というのは「入れて、出して、洗う」生物なのだな、と教えられた。役所には、入れて出して洗う以降がたくさんの窓口に分けられて点在している。

 店前、明治通り対岸の薬局、クスリのシバタさんが少し前からお片付けをなさっていたが、ついに看板も無くなってしまった。しばらく前から「クスリの」が「談笑室」に変更されていた。「笑ってポックリ死ぬためには健康であらねば」、という名作ポスターももう無く、淋しい。ツルハドラッグのベンジンは匂いが強過ぎ、シバタさんのベンジンでなければだめだった。どこで買えばいいのか。約15年前の開店してすぐ、シバタさんに言われた「唇の色が悪い。梅干しをもっと食べなさい」、が忘れられない。

 夜、プレステ2にて鬼武者2をプレイ。

7月28日火曜日。
 休みたいのだが、各種手続きの電話確認や書類作成。夕方から腹と背中をひっくり返して切り替え、ブログをだらだらと書く。

 深夜、プレステ2の鬼武者2をクリア。最後に表示された成績の「シナリオ達成率 54%」というのが悔しくてもう1周違うスタイルでやり直すことにする。

7月29日水曜日。
 親知らずの腫れが引ききらないのでクスリを延長してもらう。

 午後から豊島区役所、板橋区役所、板橋年金事務所を回って書類集めと手続き。これで一旦の公的手続きは完了。だがちょっと先の曲がり角から相続問題がこちらに半身を出して手招きしている。セミが鳴いている。
 G053、E067、H038、C071、A387、504。今日の天から降ってきた受付番号。

7月30日木曜日。
 組合支部の経費精算のため板橋区役所すぐそばの坪井書店さんをお訪ねし高級寿司を奢ってくださいなどの軽口をたたき、坪井さんがにこやかに聞いてくださる。

 父の戸籍を故郷の役場から取り寄せる手続き、など。

 15年以上使っていたフィリップスの電動バリカンがついに壊れ、注文していた新しい電動バリカンが届いた。途中から刃の奥に詰まった細かな毛を掃除するなどの手入れを怠っていたので寿命が縮まったのだと思う。大事にしたい。
 ふと「バリカン」の語源はなにかと軽検索して見つけたwebマガジン「考える人」内、飯間浩明さんのバリカンに関する記事。バリカンはフランス語。
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 夜、『名画座手帳2021』の会議。家のことに意識を使う日々が続いてろくな手伝いもできず忸怩。

7月31日金曜日。
 店内で乾いたセロテープの張替え的諸事にかまける。
 新しいシャッターの合鍵をノムに手配してもらう。
 名画座かんぺ最新号の表紙の下書き。
 父の戸籍謄本取り寄せにかかる定額小為替の額が足らず追加で発送。

 親知らずの腫れがさらに膨らんいるので早めに帰って目をつむる。

8月1日土曜日。
 セロテープの張替え的諸事の続き。
 ノムにガラスを拭いてもらう。
 名画座かんぺ最新号の表紙の版画彫り。

 普段よく行くスーパーマーケットの上階住居のお客様宅へ出張買い取り。いつもの風景に別角度が加わって楽しい。ダンボール4箱。

 店に戻って査定中、ミヤモトくんが立ち寄ってくれて、ぼくにプレゼント、と言ってカバンから出してくれたのは、ゴーヤーマン(少し以前にはまったドラマ「ちゅらさん」内で重要な役割を果たすキャラクター)。感動。実際に貯金箱として使っていたとのこと。

 さらに岐阜の盟友徒然舎さんからクール便が届く。開けてみると、解凍して作れる鮎ラーメンと鮎ぞうすいの素。嬉しい。新型ウイルス問題と個人的問題で忙しなく、今年も岐阜に行って徒然舎ツレっち&タイコーちゃんと鮎フェスティバルをするという夢がかなわない。近い将来、とにかく長良川の「やな(梁)」を経験してみたい。

 小学生のころ、上板橋ネオ書房さんが貸本屋を廃業状態だったので棚に入っていた漫画を安めに売ってくれて、懸命に買い集めて読んで以降、内容をほとんど忘れている『ドカベン』を読み始める。先月、ご常連のTさんから”コロナ見舞い”として全48巻をいただいたのだった。岩鬼が肋骨の骨折をセメダインを飲んで治そうとしている。

8月2日日曜日。
 梅雨明けで快晴。
 「LET'S MASK ON!!」の掲示を作って貼る。

 番台にのっている山とだけ純粋に対峙できる時間が久しぶりで楽しい。
 
 夜、名画座かんぺの表紙版画を刷り、完成。

 親知らずの腫れが引かず、どうも身体のそこかしこに埋まっている災いの種が、あとほんの少し無理をすると暴発する予感がある。
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# by ouraiza | 2020-08-16 14:20 | Comments(0)
ボビン    せと
7月20日月曜日。
 父の告別式。ウイルス蔓延防止の流れで都内の親族と数人の友人たちが集う小さな会となる。曹洞宗のお経。うすうすそうなのかな、と感じてはいながら億劫で追求していなかったが、葬儀社さんとの打ち合わせで、父が生家近くのお寺の”檀家”であることがはっきり分かった。世事に長けた叔父になんとなく聞き、お香典文化も檀家制度も、つまりそういうものはそういうものだ、と学ぶ。発病以来仕事の面にほとんど意識を向けず、所属する団体とも没交渉だった父だが、作家仲間が数人来てくださったりして意外だった。
 療養中の父に、もっとリハビリを頑張ればいいのに、と思っていた時期があったし、それも間違いではなかったかもしれない。しかし、70歳で突然半身麻痺、高次脳機能障害になり、復活に向かう意欲が沸くか沸かないか、底知れぬ難題だと思う。本人に尋ねることはできなかった。今後もずっと空に尋ね続けることになるだろう。

 区立の小さな葬儀場から隣の大きな葬儀場へ移動して火葬。
 係員さんが骨をざらざらと混ぜているとき、明らかに人体から出てくるはずのないギアのような物体がころっと転がり出た。あれっと係員さんが確認すると、もう一つが骨にくっついてあった。工作が好きだったからいつか金具を間違って飲み込んだりしたのが残っていたのだろうか、と思ったが、係員さんによると、大きな手術をしたことのある人からこの金具が出てくることがある、とのことで思い当たった。確かに5年半前の1月7日に父は脳出血で手術を受けたのだった。
 となりにいたムトさんが「ボビンみたい」と言った。ギアが2枚中央の筒でつながれたミシンの裁縫用具。まさにそれだと思った。ください、とお願いしてハンカチに包んでポケットにしまった。
 
 今後のことを憂慮して兄が5分ごとに深々とため息をつく。

 式が終わって実家に帰ると葬儀社さんが簡易的な仏壇を設置なさっていて、仏壇になる机の脚の折りたたみシステムが非常に簡素でよくできていて驚く。うまく説明はできない。葬送にまつわる職業のバラエティにずっと驚いている。
 お香典とお香典返し(当然従うべき自然に則った掟、であるのかもしれないが、やはりどうしても微妙に悪習だと思う。「クッキーだ」「3000円のカタログギフトだ」「道場六三郎のみそ汁セットだ」「以前は半額返しが基本でしたが最近は3分の1か4分の1」とか、葬儀社さんが用意した分厚いパンフレットをクタクタな心身で眺める虚しく滑稽な展開にならないためには事前にオリジナル返礼を計画しておくのが良策だと思うが現実では難しいことだろう。)の計算や今後の段取りをして解散。

 夜、雑司ヶ谷に戻る。
 深夜、YOUTUBEにてカジサックとナインティナイン矢部さんの対談を観る。返答の一言目で相手の質問の要点を否定しない、一旦飲み込みながら引き出したり出されたりする双方の会話の巧みさが気持ち良く、とっても面白い。

7月21日火曜日。
 昼から父の銀行関連の諸事。挨拶、計算、振込み。公的機関へのしなければならない手続きリストをひとまず放擲。
 京成線で帰宅する母を日暮里まで車で送る。

 帰宅して買い物へ行く道中の雑司ヶ谷霊園で、スマホのカメラを構えると必ず飛び去ってしまい今まで一度も撮影をさせてくれなかったカラスが、なぜかまったく逃げず、写真を撮らせてくれた。

7月22日水曜日。
 共同通信、信濃毎日新聞さんから訃報の確認など。
 区役所にて印鑑証明をもらう。

 久しぶりに店で番。店前、明治通り歩道に、道の先での工事を案内する看板と誘導員のお兄さんが立っていたのだが、そのお兄さんが俳優の伊藤淳史さんにそっくりで典型的なその役柄のように和やかで優しくて、なんだか可笑しい。

 窓の外側に停泊していたハエを内側からデコピンしたら飛び立った。

 店前のバス停を利用なさっていてほとんどの平日にお見かけしていた、かわいい制服を来た幼稚園のお孫さんとそのお迎えをしていたおじいちゃん。今日はおじいちゃんだけご来店くださった。あれ、とお尋ねすると、お孫さんが無事に私立の小学校の試験に受かり、送迎が必要なくなったとのこと。健康維持にちょうどよかったんだけどね、と。3丁目の模様が一つ変わる。

 茶髪でロングヘアーだったお客様が急にツルツルの丸坊主になっていらっしゃり驚く。

 夜、知人Hさんと升三にて作戦会議。会の深度7.5の辺りでHさんが注文する塩辛orエイヒレが渋美味い。

7月23日木曜日。
 実家に帰ると強い雨が続いていたので雨漏りで玄関がびしょ濡れになっている。あわてて掃除して父の簡易仏壇に線香をあげにきてくださる方の対応2件。お一人は鹿児島から。
 
 経験のある方に、親族が落ち着きを取り戻せるのはいつぐらいでしょうと尋ねると、一周忌が終わるくらいじゃない?とのことだった。

 夜、成瀬巳喜男監督「浮雲」を観る。目白の今で言うフランク・ロイド・ライトの小径(or小路or小道)を、森雅之と高峰秀子が歩いているシーンがありびっくり。1955年の映画。後日ノムから森雅之は有島武郎の長男であると聞きまたびっくり。wiki軽検索によると有島武郎は学習院中等科に通っているがまだ校舎は目白にはない頃。映画自体は熟れすぎたメロンの汁が二の腕に垂れたのを放っておくような悲恋ドラマで苦手ではあった。

 左下の奥歯が痛く、口内炎だと自己診断しビタミンCを多量摂取。

7月24日金曜日。
 午後、ご近所様へ出張買取り。時局を鑑み、長時間の梱包作業は避けるべきと思い、お客様に事前に本をダンボール箱に入れておいてくださるようにお願いしていた。玄関先の廊下にお伺いすると、台車の上にちょうど一個乗るぐらいの巨大サイズの箱に本が詰め込まれていて、一人では持ち上げられなかった。しかしどうしてこうなったのかよく理解できる。とりあえず不要な本をすぐに入れられるように箱の口を開けて置いておく、そこに段々本を入れて行く。いつか満杯になる。満杯になったら1人の人間では移動できない箱に成長している。しかし当然片付けが進行することが大事。さて次の箱を準備する。合理的な流れ。
 お客様に手伝っていただき台車に乗せ、車には一旦半分を外に出してから積み込んだ。

 板橋の郵便局本局にて不在時配達物の受け取り。

 左の奥歯の痛みが増している。

7月25日土曜日。
 奥歯の痛みで目覚め、この痛みは「親知らず」だ、と確信する。初体験だがそうとしか思えない。父親が逝去して約1週間で親知らずを発症するというシナリオが恥ずかしい。

 長期休業からの再開店以降の週末はお持ち込みの買取りが多く、その処置を優先するのでまとまった流れのある戦力であるところの大山の切り崩しには至らない。1番と2番バッターでランナーを進めるがクリーンアップの打順がスルーされまたコツコツとスクイズでなんとか加点を試みる。地味ではあるが基礎を問われる大事な試合。

 夕方から、高校から大学初期にかけての唯一の濃い友人、税理士Yに相続についての相談にのってもらう。1994年のほとんどの深夜、東武練馬の場末のビリヤード場で2人で気怠く缶ビールを飲んでいたのと同じ領域で、公的制度について教えてもらえてとても助かる。ぼくたちが何も知らないことをよく知ってくれているのでとてもラク。普段飲めないはずの兄が田酒という日本酒に何度も手を伸ばし、途中で突っ伏して寝始めた。

7月26日日曜日。
 もう何日連続だろう、雨ガードシフトで開店。歯茎の腫れで上下の歯を合わせられず口を半開きにしたまま、痛みで汗が出て目まい。日曜日に営業している歯科を探して受診。典型的な親知らずだが、抜くのはとても大仕事になってしまう状態なので、化膿止めと痛み止めでなあなあに対処していく戦略をとることになった。奥歯が外に出ようとして動くので痛い、と思っていたのだが、疲れで免疫が落ちたところに菌が入ったことによる腫れ、なのだそうだ。非常に疲れた後に出る症状にひとつレパートリーが増えたのだった。

 深夜、処方されたロキソニンでやっと痛みが和らぎ、恐る恐る腫れ上がった左の奥歯へ舌先を伸ばし、触覚で患部を確認しようとした。ひりひりと痛みが走ったが、奥歯と歯茎の間になにか異物が挟まっているのを舌先が感じた。なんだろう、と幾度か無理に舌をねじ曲げて触ってみた。ギザギザしている円形の小さなもの。これはあの、父の遺骨に混じっていたボビンだ。

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# by ouraiza | 2020-08-06 15:27 | Comments(0)
かりんとう    せと
7月13日月曜日。
 休養しようと決めていた定休日。
 寝ていて午前中の着信に気付かず、昼に父が入院する病院へ折り返すと、調子がだいぶ悪いとのこと。急いで各所への連絡と溜まっていた入院費支払いの段取りを済ませて病院へ。父はもう自力でまぶたを降ろすことができない。病院のウイルス蔓延防止対策で、付きっきりの付き添いもできない。1年半前に嚥下機能が低下して飲食ができなくなって以降熱望していたぶどうの粒を絞り口内洗浄用のスポンジに汁を吸わせ舌先を濡らす。来てくれた父の古い友人が、飲み屋での他愛無い話題を父に向ける。ライラックスのまばたきって曲好きだったよね。

 これで最期だと思い、言い残して後悔するのが嫌だったので父に大声で途切れ途切れの感謝を伝える。理解しているのかわからないが、父の目玉は動いてぼくを捉えている。次男の器用さだろうかとどこかで思う。
 夜駆けつけた兄と相談し実家泊。兄もぼくも今する必要のない話をべらべら喋る。YOUTUBE徘徊をしながら寝落ち。半径の大きな現実の半円に対抗するため、逆側へなるべく大きな半径の現実逃避のバネを引き、円の歪みを矯正する。
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7月14日火曜日。
 急な電話鳴らず。

 待機の日。様々な声。曇り空。
 合間に実家の周辺を散歩。政治家の大邸宅の大木。小学生の頃父とキャッチボールをした公園で蚊に刺されながら、林立する高い木々は多分幼少時と同じ木々のはずだと思う。そうだ、父はペンと箸は右手で持ち、ボールは左手で投げた。塑像の右半身を成形するときは右手、左半身のときは左手でヘラを持つ、両効きだった。通った保育園は思い出の中よりも大きかった。
 上板橋ブービックにて焼肉と白飯のゴールデンタッグの夕飯。

 深夜、床に入ってすぐの0時少し前、急な電話が鳴る。
 兄と叔父に連絡し、病院へ向かおうと実家の門を出ながらなにげなくスマホを見ると0時2分の表示。ベッドサイドに到着した0時20分に担当医から臨終を告げられ、心電図を見せてくれながら、診断書には時刻を0時20分と記入するが、実際に心肺機能が停止したのは0時2分だったと医師が教えてくれた。
 動かない父を前にして、生きている人間は生きている人間の世界を生きている、と思った。

 病院の駐車場へカバンを取りに行くと、ちょうどムトさんが自転車で駆けつけてくれた。看護士さんの指示に従い葬儀社の迎えを待つ間、どうしても過去の自分の薄情さばかりが胸に迫る。一人暮らしの父が脳出血で倒れ、比較的近くに住むぼくが父を看るようになったあの日からの日数を数えてみると2013日目だった。
 葬儀社が手配した車が到着。延命措置をしない長期入院できる病院から、父が2年ぶりに家に帰った。アトリエに並ぶ父の作品たちの表情がいつもより硬く見える。

7月15日水曜日。
 諸事多数。ろうそくにライターで火をつけようとして少し親指を火傷。

 葬儀社の方と諸々の打ち合せ後、実家近くのパーキングに停め続けていた車を一旦雑司が谷に戻し、店に寄る。今週末に予定していた組合北部支部総会が納棺式と重なってしまい出席できない旨を支部長へ連絡。司会の代打をコ本や清水さんに電話してお願いする。支部長がこだわって決定し、清水さんが手配係になってくれた参加者へのお土産である高級そうめんが非常に気になっていることも伝える。

 実家に戻り、父の書棚から古いアルバムを抜き出し若き日の父親を眺めるうちに、もっと楽しい瞬間を持ちたかっただろうな、という想いの乱気流にのまれ涙が断続的に噴出し息が止まる。円満な晩年、とは言えないので、泣こうとすればいくらでも泣く種がある。
 上板橋焼きトンひなたにてムトさんと軽ねぎらい会。焼き鳥に熱が傾きかけていたが焼きトンもやはり美味しい。

7月16日木曜日。
 諸事、連絡事項多数。供花をたくさんいただき実家内の簡易安置所が華々しい。
 儀式の段取りを兄と調整。

 築66年の古い家に遺体を安置していて、運良く涼しい日が続いてはいるがクーラーを止めることができず、漏電が心配、とのことで実家泊が続く。

 行ってみたかった友人ポンさんや店員ノムがひいきにしているよろい寿司さんへ。「あなご」の新しい扉が開いた。1980年頃創業とのことで、あの頃、子供が多く、商業が大ターミナル駅と大手企業フランチャイズに偏っておらず、私鉄沿線の小さな駅前の商店街が歩くのに苦労するほど混み合っていた時代のお話しをお聞きする。ぼくにもその外観がうっすら記憶にある上板東映劇場が閉館したのは1983年末日。後日、お前とあそこでドラえもん観たぞ、と兄が言っていたがなんとなくの外観以外まったく憶えていない。

7月17日金曜日。
 ご近所の方々が弔問に来てくださる。

 父の長期入院後、実家の諸事を担当してくれていた母も来て、約20年ぶりに家族が揃う。
 1万円ちょっとのポイントが今日までだ、と唐突に思い出し、近所のコジマ×ビックカメラ上板橋店に家族で出向き、あれかこれかと楽しく物色。結局ムトさんが使うトースターを選んでレジに持っていき財布の中でくちゃくちゃになっていたポイントが残っているという通知のDMを取り出すと、期限が一昨日の日付けである。普通に1万円のトースターを買って複雑な気分で雨に濡れながら皆で実家に戻る。

 父の遺体が家で寝ていることにも慣れてきて、顔を隠している白い布の上から父のお気に入りだった眼鏡をかけてみたりする。

 めんどくさいなあ、金が無いなあ、と嘆き、母親に「堂々としろバカ!」と叱られるアラフィフとミドルフォーティーの兄弟。父の前に線香を立てて鈴をチン。

7月18日土曜日。
 納棺式の準備。お香典(一般的な動かし難い常識とはいえ微妙に悪習だと思いながら)の管理。副葬品を選んだが、筆頭に思いついた塑像作品を作る道具であるヘラ、胸像の続編を計画していたらしい井上井月の句集以外、どうもその点に意識を集中する時間を持たなかったのでピンと来ず、告別式で追加しようと決める。

 午後、兄と母が実家にいるので雑司が谷に帰る。
 少し店番の後、ちょっとだけ時間の隙間ができたので、ムトさんと夏に解体される予定の元三角寛邸である料亭「寛」の見学にお邪魔する。赤い漆の壁が非常にかっこいい。雑司が谷の貴重な歴史。ずっとお尋ねしたかった客層について、もちろん個人情報に触れず大まかにでも教えていただけて嬉しい。料亭としての外観を何度か撮影のロケ地として提供なさったとのことだったので、いつか画面にハッとすることがあるかもしれない。

 久しぶりにあたまを空けて散歩。東池袋の交通事故の碑を眺め、サンシャイン横、元造幣局跡地にできた新しい公園、イケサンパークに入る。雑司が谷公園もそうだが、急に開けた広い空に突き出ているサンシャインとその周辺の高層ビルの眺めが新鮮。マンハッタンみたい、と適当に思うが、ここはやはりアスファルトの上にさらに吐き捨てられたチューインガムが鬼ころしの滴で練られて硬化した層が敷かれている池袋だ。

 夜、プレステ2の「鬼武者2」をプレイ。
 父親の療養に付き添うことが生活の一部になってからしばらくして、あることに気が付いた。稚拙ではあったが介護のようなことをし、時間を割いていると、自分の時間が減る。そのことがストレスになって(いるような気がして)、仕事の時間以外に”自分の時間”なるものを強引に作ろうとする。ところが、その時間に自分がなにをしているかというと、テレビゲーム、漫画読み耽り、ネット徘徊、その他くだらないこと、であった。リラックスする時間、と言えなくもないが、いずれにせよ、小さな取るに足らないことだけだった。ムキになってまで守ろうとしたのがこんな時間なのか。それに気付いて以降、ああ自分の時間が欲しいな、と願うと同時に、いやどうせたいしたことしないんだから、自分以外の人の為になることをかんがえるなどしたほうがいいんじゃない?と突っ込む意識が生まれた。この意識の続きはどう変化していくのだろう。いやしかし、ぼくはだらしなく、良く言えば弛緩の時間にやはり執着し、死守するのだろう。

7月19日日曜日。
 予報に反して陽が射す夏日。

 昼から納棺式。納棺師という職務に非常に驚く。おくりびと、よりも、野坂昭如の小説とむらい師たち、死の器などを想起する。やってみたい。自然ではないとも言えるが父が歌舞伎役者みたいな顔になった。うっかり笑いそうになるが抑える。噴き出しそうになる、のは普段は隠せているのに慣れない緊張状態でうっかり露出してしまうツボを急に刺されることによる。父が亡くなってすぐ遺体を部屋に寝かそうとした担架を持つ柔道家のような巨体で丸刈りの男性が、「北はあっちですから、オツムはこっちです」と仰ったときもぎりぎりだった。そうかオツムか。と。神妙にならねばと焦るほどツボの感度が増していき嫌だ。
 祖父が建てたアトリエ付きの実家は幸運にも広く、即霊安室行きではなく、父を短期間でも連れ帰れたことがある程度の落ち着きをもたらしてくれた。

 夕方、荒川土手に沿って建つ区立の葬儀場にて母と兄と兄嫁さんとムトさんと飾り付けと段取りの確認。追加の副葬品をどうするか話し合っているとき、誰かの声で「かりんとう」と聞こえた。探索の焦点が定まらず霧に包まれていたのだが、晴れた。父はかりんとうが何よりも好きだった。それも菓子専門店のものではなく、イトーヨーカ堂に売っていた安いもの。ついでに思い当たった、薬マニアだった父が特に頼っていたベンザリンという睡眠薬他の錠剤、カラオケ研究ノート、でやっと納得できた。

 準備が終わって葬儀場を出ると目の前の土手がどうしても気になり、皆で坂道を登って、自転車ライダーとランナーを避けながら少し土手を歩く。土手に上がれば川が見えると思っていたが、川までにはさらに緑地が続いていてまったく見えなかった。

 夜、上板橋鳥昇で母と食事。勝手がよく美味しい家族経営の広い居酒屋食堂。東京芸大を目指していた母と太平洋美術学校の生徒だった父が日暮里で出会った頃の話、三島自決の日のこと、などを聞きながらレモンサワーを4杯。
  

 

# by ouraiza | 2020-07-28 18:26 | Comments(0)
約束    せと
 ウイルス感染拡大防止のための休業から再開店して約1ヶ月。まだ臨時短縮営業ではありつつも、生活を営む活動が再開し、休業中との心的グラデーションが浮き彫りになってくる。仕事をする、営む、ということは、”約束する”ということなのだな、と思う。休業中には責任を感じ果たさねばならない大小の約束がほとんど無かった。これは消極的な意味ではなく、休みたければ約束を減らせばいい、という積極的な方針にもなる。人が動けば約束が増える。

7月6日月曜日。
 午前からシャッターの工事。早めに店に行って工事をする業者の方々がやり易いように、と案配しはじめたらきりがない。ペットボトルのお茶を用意する、など。
 1981年に設置され約40年間働き続けたシャッターが外される。どのように外すのか疑問だったが、屈強な男性3人(山さん<総指揮、無口なリーダー>・てるちゃん<技術担当、リーダーより年配の大ベテラン>・ヨースケ<ムードメイク担当、明るい青年>)によって、鉄を斬るグラインダーで要所を切り取られ、分解され、外された。内部の複雑な構造に驚く。軸が曲がり、備わっていたはずのベアリング玉がまったく無くなり動かなくなった、とのこと。まだかろうじて使えている同時期に施行された残り3枚のシャッターの命運やいかに。
 新しいシャッターの猛烈な軽さ。小指1本で持ち上がる。
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 工事終了後、片付けた空間がせっかく空いているので気になっていた工夫を一ヶ所。冬、ストーブにつなぐコンセントコードを、帰宅時に必ず消すコードにつなぐ。ストーブを消したか気になって店に戻る問題が解消される。

 深夜、プレステ2鬼武者プレイ。やっと構造がわかってきた。

7月7日火曜日。
 午前中、店員TTから電話あり。なんと通風が再発、とのことで番を交替。TTの身体に根絶されぬ通風の種が撒かれてしまったのだろう。ナム。

 午後、一時的にTTに店番してもらい隣区へ出張買い取り。高層階のお宅へお伺いすると、いつも階段の踊り場などからの景色が楽しい。
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 auその他のクーポンサービス研究家である古書信天翁センパイに怒られぬようクーポンを発行してTOHOシネマズ池袋に行って映画のチケットを買う。
 
7月8日水曜日。
 ひどい雨。九州で災害。
 疲れていて店の諸事を放擲してひたすら地下の記事を書く。

 休業前以降久し振りのお客様のお持ち込み買取り。そのお客様のお父様に関する企画を思い浮かべているのだがいつになることか。

 夕方予報に反して陽が射したが無視。もうそんな笑顔にはだまされない。

 夜、ハッチ橋本さんとムトさんと東池袋の「串カツ宮迫」へついに行く。なんとなくYOUTUBE大好きなぼくだけはしゃぐ。ステッカーとキーホルダーをもらって嬉しいのではあるが、ビジュアルイメージがかっこ悪い関西コテコテ系でもったいない。手帳に貼れない。

7月9日木曜日。
 店員ノムが開店してくれているのでゆっくり出勤して諸事。

 夕方、TOHOシネマズ池袋にて古書信天翁センパイとムトさんと「カセットテープ・ダイアリーズ」を観る。ブルース・スプリングスティーンは我々にとってもなにか大切な要素である、と勝手に感じているので、観たかった。開幕直前にセンパイが「あ、ドラムスティック持ってくんの忘れた!」と言っていた。
 打ち上げのサン浜名(至高のハムエッグ)で映画への不満が噴出して盛り上がったのだが、帰路、センパイが「歌いたい」とまさに主人公のように高架下で歌いながら踊り出し、カラオケは時局柄諦め、往来座を閉め切ってYOUTUBEを伴奏にしてサンダーロード、シェリーダーリン、ボビー・ジーンなどを皆で高歌放吟。
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7月10日金曜日。
 開店して諸事。海外発送に対応できるようになりたくてEMSという方法を調べる。発送先のイギリスの町をストリートビューで確認してみると、深夜にとんでもない凄惨な事件が起こりそうな、キャロラインがハンモックでうたた寝している緑の美しい田舎町で、こんな場所にこの古武術の本が旅立つのか、と感慨にふける。

 夕方、実家にて父親の寄贈作品の受け渡し。
 戻って知人Hちゃんと居酒屋升三さんにて会議。チップとタップ、Mellow Wave、エストニア、荻窪ハニー、釣り道具のマイブーム、など。

7月11日土曜日。
 開店して諸事。
 番台上に生成する大山をひたすら値段付け。
 やはり休業が明けてからの週末はお持ち込みの買取りが多い。

 夜、プレステ2鬼武者をクリア。最上のクリア特典出現の条件を満たすためにはもう一周せねばならないが、やり込みがプレイの要点ではないので止める。

7月12日日曜日。
 雨防衛シフトを数日間ずっと続けているので気持ちが縮こまっている気がして、夕方から雨予報だったが想定以上に陽が出ていることもあり、思い切って念願の全開シフトを強行。
 昨日の続きの値段付け。

 夕方から浦和に住むミヤモトくんに届け物をするためドライブ。帰路、ブックオフにてプレステ2の「鬼武者2」を買う。帰ってプレイ。グラフィックが向上、動作もスムーズ化。しかしやはりジャンプとスティック操作が無い。飛んだり跳ねたりはまだできない。


# by ouraiza | 2020-07-27 19:20 | Comments(0)
せん    せと
6月29日月曜日。
 定休日だったが午後遅く、翌日引っ越さねばならないので、と依頼を受けた目白のお得意様宅へ出張買取り。約束の16時に着きエントランスで店員TTが書いてくれたメモのとおり203号室のインターホンを押すが作動しない。電話をしても不通。20分ほどお待ちし、名刺裏にメッセージを残してポストに貼り店に戻る。1時間ほど後にお客様より、待ってるのですが、と電話をいただく。部屋番号は201、電話はすでにお引っ越し先に移設済み、とのことだった。すぐに再びお伺いする。お得意様のお引っ越しはいつも寂しい。

 セイユーまで散歩して帰宅。プレステ2で「鬼武者」プレイ。

6月30日火曜日。
 1日中雨。夕方から酷くなる予報だったので完全カタツムリフォーメーション。

 午後、木村衣有子さんがご自身のレーベル木村半次郎商店の新刊『しるもの時代 家庭料理の実践と書評』(識語署名入り)を持ってきてくださった。木村さんの身長が伸びたように感じたのだが違った。木村さんとぼくはまったくの同身長で同い年。ライオンズ森友哉選手を応援して元気を出しましょう、と団結。うれしい。

 夜、YOUTUBE宮迫ですッ!生配信にて串カツ田中が串カツ宮迫に店名変更されるのが明日から1ヶ月間だと知る。行ってみたい。

 深夜まで鬼武者プレイ。

7月1日水曜日。
 風の強い小雨。屋外に本を置いている書店にとっては風と雨のタッグはどんなに小雨でも大嵐に等しい。風が少し弱まったので店番TTが外界をちょっとだけうかがっているカタツムリフォーメーションを作る。

 夕方から椎名町の中華料理屋さん松葉にて、『名画座手帳2021』決起会。新型ウイルスに気を取られているうちにどんどん時が経ってしまう。気持ちの上だけでも2020年版の打ち上げから再度立ち上がろう、と去年打ち上げをした松葉さんに集った。実物大のトキワ荘が復元されマンガミュージアムとしてのオープンを数日後に控えた椎名町(住所では南長崎)界隈では、トキワ荘企画を盛り上げるための掲示が増えている。以前にも周辺商店の軒先にスタンプ台が設置され、トキワ荘関連名所のスタンプを捺すことができたが、スタンプ台が雨でびしょ濡れだったり、インクが乾いていてうっすらとしか捺せなかったのだが、数軒の軒先に立ち寄ってスタンプを捺してみると、インクがバッチリ補充されていてくっきりを通り越して滲むほど捺すことができた。様々なおかずをいただきながらチューダー、締めにラーメンで胃袋膨張。復元されたかっこいいトキワ荘を外から眺め、細部の完成度に感動しながら閉会。

 深夜2時過ぎ、寝入りばなに外で1度大きな爆発音がする。あ、講談社のビルでテロかな、新宿高層ビル群大爆破かな、と思ったが起き上がるのがめんどくさく窓から眺めるのは止めてなんとなくアマゾンプライムで映画「クローズ」とその続編を飛ばし飛ばし朝方まで再観。放心できるコミック娯楽。あの小栗旬&山田孝之を観たい夜がある。
 翌日あの爆発音が火球という大きな流れ星だったと知る。

7月2日木曜日。
 出勤途中のノムからうどんの硯屋さんがテイクアウトをなさっていると連絡があり、スジ煮込み丼を買ってきてもらう。その場で持って帰る弁当ではなく注文制。昼のレパートリーが増えて楽しい。

 諸事の後あわてて出て実家にて父の作品寄贈に関する打ち合わせ。母と軽食。

7月3日金曜日。
 組合支部総会の資料作成の大詰めと『名画座かんぺ』最新号の大詰めが重なる。夕方からノムがセブンイレブンでコピー魔。店で名画座手帳編集部のIさんとムトさんに手伝ってもらい、50通の案内と100枚以上の名画座かんぺが完成。

 名画座手帳の軽会議にて、Iさんからとても面白いアイデアをいただく。2020年版で東京オリンピックを見越して作った古書往来座限定特典「OLYMPIC FLASH」だったが、さて来年版は。

7月4日土曜日。
 夕方、立ち寄ってくれた近藤十四郎さん、古書信天翁センパイ、神原さん、ムトさんと店を出て、皆で路上の都知事選のポスター掲示板を眺めてぶつぶつ言い、全員が蚊に刺されて掻きながらサン浜名さんでの宴へ。センパイはある日銭湯で湯船から上がり服を着るときに、素っ裸のままマスクを一番先に着け、その姿をじっくり鏡で眺めたのだそうだ。セクシーだった、とのこと。確かに、生活内順序にマスクがランクインする日常を生きている。「マスクを最後に脱ぎ、マスクを最初に着る」。「医者の営業」「保険は詐欺」、など。ベーコンが切れていてハムエッグ。
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 帰路、神原さん電車何線で帰るの?から始まった使える「せん」探し。「すみません」「リンパ線」「感染」などが上がったが、ムトさんの、何線で帰る?「かっぱえびせん!」で一旦の決着がついた。かっぱえびせんに乗って帰ろう。

7月5日日曜日。
 開店して諸事後、都知事選投票へ。新しい投票所が最近開園したばかりの雑司が谷公園内の建物だったので、中に入ることができて楽しい。スマイル党候補については最後まで悩んだが投票せず。

 店に戻って閉店後、明日のシャッター工事のために棚の上の備品を移動したり、棚の本を抜いたりの片付け、掃除、準備。立ち寄ってくれたDJイクラちゃんにも手伝ってもらう。
 終わって、久しぶりの段ボール箱ドラムDJイクラちゃんで、ギター練習約3ヶ月目のチャーリー武藤が「泣くかもしれない」を弾き語る動画撮影。缶チューハイがたくさん空く。
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# by ouraiza | 2020-07-08 18:48 | Comments(0)