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<   2019年 08月 ( 8 )   > この月の画像一覧
Thor    せと
7月1日月曜
 目覚めて起き上がり確認すると、痔の兆しはレベル4からレベル1になっていた。これは画期的なことだ。養生にまったく自信がなかったので信じられない。自分の祈りなんて通じるわけがない。養生しなければならないタイミングにちょうど日曜日、それも絶対やらなければならないことがある日曜日ではない日曜日、が当たったことが養生成功の要因としてかなり大きい。よかった。今度は兆してすぐ、レベル2くらいから徹底養生をしたい。

 午後店に向かって歩いていると、雑司が谷弦巻通りの角にある食堂の横に駐車しようとした営業の軽自動車が、段差に気付かないまま壁際に寄って行き、前輪が段差に落ちて空回りし駆動不能になってしまう場面に出くわす。降りてきたスーツ姿の若い男性が困った顔で状況を確認している。昨晩マイティ・ソーの荒唐無稽な強さに感銘を受けたばかり。この痔の養生を大成功させたマイティ・ソーが解決するゼ。運転手さんに一緒に持ち上げましょう、と提案。バンパーに両手をかけせーのっで一気に軽自動車を持ち上げようと全力を込める。車は少しだけ揺れた。う、うう、まあ今のは練習さて次本番。せーのっ。車はまた少し上下に揺れるだけ。車輪を地面に乗せるのはとうてい無理。ごめんなさい、、、ぼくマイティ・ソーではありませんでした、、、と正体を明かして謝る。JAFを呼んだほうが、、、ですね、、、と言い残しとぼとぼ去る。
 「Thor」(ソー)は北欧神話の雷神トールのこと。サーズデイ、サンダーの語源らしい。アベンジャーズが一気にファンタジー化して突き放される一方で、だらしないグランジロッカーのようで親しみやすくかっこいい。ソーさんが地球の一般社会に紛れ込まざるを得ないシーンをもっと観たい。

 夜、ついに強い人たちが集結する「アベンジャーズ」観る。ソーさんがあまり目立たずさみしい。

7月2日火曜
 ネット発注梱包発送、組合関連書類作り。
 小山2つを方向付け、値段付け。
 「ジャンク」と表示して500円で売っていたウォークマン本体が昨日売れたのだが、「動かないじゃないか」と返品を受ける。「ジャンク」=可動不可が当然、と決めるのは間違っている。反省。「動きません」と表示しなおして再配架。

7月3日水曜
 先月ひらめいたサの法則を利用して諸事をする。しかし進まないものは進まない。
 北部古書会館からファックスをもらったのだが、H書店さんが間違えてご自身の売り上げ伝票をファックスなさっていて可笑しい(そういうギャグなのかもしれない)。

 三省堂書店古本まつりにちらっとお邪魔する。いつものことながらめちゃくちゃ面白い。古本がフレッシュ。新鮮なのに古い本。深くて楽しい世界だなあと思う。本のアベンジャーズ。

 夜、「マイティ・ソー ダークワールド」観賞。やりたい放題度が急上昇した気がする。ちょうど同シリーズを断続視聴中の店番タイタイとも話し合ったが、ハルクの制御範囲設定に絶えずハテナがつきまとう。

7月4日木曜
 スマホのバッテリーが1日1ジョブで終わるので書影撮影がスムーズにできず悩んでいて、思いついて検索してみたら、ノートパソコンにカメラがついていてそれで撮影をできることがわかった。撮ってみたら荒いが動画配信の画面みたいで楽しい。大いなる進歩。頻繁に使うことになりそう。
 
 先々月末の賃貸更新契約を乗り越えるための強引な金策がまだ胸に鈍痛として残っていて、一つの作業に集中しきれていないことに気付きハッとすることがある。友人にそのことを愚痴ると、「音飛びするレコード、、、だな、、」と言った。そんなに立派なものではないのだが、とりあえずのポエジーで慰められはした。

 夜、なんとなく池袋西口に出て散歩。音飛びするレコード問題を癒したくやきとんひなた。そこで相当酔っていたのに諦めがつかず、以前からずっとお伺いしたかったバー、マダムシルクさんへ。なんて素敵な場。しかし酩酊しながら同行のムトさんから参院選についてのレクチャーと叱りを受けることになり座がマグマめく。またゆったりお邪魔したい。

7月5日金曜
 主にメール連絡の諸事。書類作り。
 方向性を決めて処理を進めねばならない写真集の大山二つが気になっていながらも手を付けられずwordやイラレやpdf。

 眼鏡を失くし、過去に池袋周辺にあった書店のカバーや値札を集めていた袋を失くし、悲しい。それでも帳場周辺で失くしたものは不思議と後でほとんどが発見されるのでひとまずWANTEDポスターを作って貼る。

7月6日土曜
 最近お引っ越し作業中のご近所のご常連Kさんが、ギリギリ粗大ゴミの物品、つっぱり棒、アイロン台、ラジカセ、合板本棚などを店にお持ちになり、プラスそれらを処分する代金までくださるので、夕方からガレージに出して丸ノコで斬りまくる。鉄も含まれていたので古い丸ノコの刃が歯抜けに。

7月7日日曜
 去年から断続的にお手伝いしている、学生時代からとてもお世話になっているT先生宅のお片付け。お片付け目標の一部屋の中から様々な歴史が立ち現われる。
 ひとまず終わって近所で軽打ち上げ。先生の言を手帳にメモ。「楕円の陸上トラックをまっすぐ走ってコーナーで怪我をする」。

ルース・オーキン 写真大パネル 930mm✕1230mm
(梱包、発送不可 取置き応相)
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by ouraiza | 2019-08-22 13:47 | Comments(0)
熊蜂    せと
6月24日月曜
 夕方から高田馬場の焼き鳥屋にて早稲田丸三文庫さんの移転開店お祝い。お店に集合すると丸三YOZOさんがオークション出品作業中。勉強のため見させてもらうと、何十点もの商品を同時進行で編集なさっており、キーボードを叩く指がまるで「熊蜂の飛行」を早弾きするピアニストのようだ。ネット業務に熟達している人のとんでもないテクニック。奥深い。
 ゲストで来てくださった我らがアイドル、古書S・Aさんのシャッターの取っ手問題、クラリネット、行き場としての店、など。刺激を受ける。酔って恥ずかしい。
 信天翁センパイとムトさんと夜道を高歌放吟して帰る。

 映画関係や学術書、美術書やキュートな雑貨、もろもろとっても素敵な丸三文庫さんは早稲田通り沿い2階から、すぐ近くの早稲田通り沿い1階にお引っ越しなさいました。
⇓●●●
6月25日火曜
 午後、買取りで初めての経験。お持ち込みの数冊の中にやや高額な写真集が混じっていたので3500円とお伝えすると、お客様は困ったお顔で「そんなになっちゃうのですか・・・」と仰る。これをもちろん「そんなに安くなっちゃうのか・・・」という意味に捉えて非常に申し訳ない気持ちになる。ところがお客様が続けて、「実はある施設に入所していて、1500円以上もらってはいけないことになっているのです、、、、」と。びっくり。

 夕方、市場へ出品へ。

6月26日水曜
 午後、ご注文をいただいた父のブロンズ小作品を発送する。以前にも小さめなブロンズ像を飾っていて思ったのだが、本業の本の発送とは違うのでご注文の発送に長めの猶予をいただき、1週間ほど店の帳場近くになんとなく置いているうちに、立体の美術作品というのはすごい力を持っているのだな、と再発見する。空間の中でフォルムが静かに主張している。空間が空間になる。大空にそびえるかっこいい建築物を見て、うわイイな、などと感じる感覚が、机の上の立体作品でも発動するのだな、と思う。

 どうも疲れていてクリックを1回するのさえ億劫なのでこれはヤバイ傾向だと思い早く帰って目を瞑る。
 夜「インクレディブル・ハルク」観る。
 
6月27日木曜
 体調回復せずなにも企図せず静かに番。
 夜「アイアンマン2」。

6月28日金曜
 ノムが休みのため一日番。
 小山3コと中山を方向付け、値段付け、配架。開店しながらたてたなんとなくな今日の目標を久し振りに終わらすことができてすっきり。明日の天気予報をみると50%の微妙な降水確率だが、理由もなく必ず晴れると決めて屋外売り場用の商品をばっちり準備する。

6月29日土曜
 開店時から雨が降っている。忸怩たる思いで、起死回生を図るべきだ、と胸の内では理解しているが脳の犬小屋からパトラッシュが天使を引き連れて現れ、もういいよ、、、きのうがんばったよ、、、しかたないよ、、、Let It Beだよ、、、と言うのでひたすらボーッとする。

 夜、近所の友人と居酒屋バシトン。「メリデメ」(メリット&デメリット)。

6月30日日曜
 疲れているときにその疲れを抜かないまま無理をして普段どおりの仕事、酒量を続け、そのなかに少しイレギュラーな活動があったりすると、ぼくの場合扁桃腺炎か痔という形で身体に出る。何度か繰り返していることなのでセンサーの感度も上がっている。木曜くらいから痔の兆しがあった。もう病院に行かねばならない、という段階を8だとするなら、木曜はまだ2。なんとかだましだまし悪化せぬよう祈ってはいたが昨日、土曜には4になってしまった。まずい。人生ベスト痛い賞をダントツで受賞(2018/9/7金)した、鶉山医院O先生による痔のてっぺん針刺しの刑だけは避けたい。以前は8で鶉山医院に行き針刺しの刑を受けた。4で受診すれば針刺しにはならないのではないか。日曜の今日一日を完全静養にあて、それでも回復の見込みがないなら明日の午前の診療で早めに診てもらおう、そこで針刺しだけはご勘弁をとO先生に懇願しよう、と思っていた。というわけで養生法を練る。
・とにかく何もせずぐだぐだ休む
・水を大量に飲む
・ビタミンC教信者の聖なる粉末アスコルビン酸を多めに飲む
・シャワーで患部に熱湯をかけ続ける
・たくさん眠る
・香辛料を身体に入れない
を実践。

 夜、「いだてん」。新章での主人公田畑政治に衝撃。続けてすぐに「マイティ・ソー」。ソーさんに恋。

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by ouraiza | 2019-08-21 16:08 | Comments(0)
サにもう一本縦棒を    せと
 大小の課題が立て込んで脳内が混線。立て込むといっても2つ3つ、多くて4つぐらいのことなのだが、脳もハートも容量が小さいのでなにをするにも混線の未整理が気になって、これをしていていいのかと不安になり落ち着かない。
 そんな時、整理の指標になる記号を思いついた。
 片仮名の「サ」の中央にもう1本、左の短い縦棒より長く、右の長い縦棒より短い縦棒を引く。
サにもう一本縦棒を    せと_f0035084_14263709.jpg
 まず抱えている課題を書き出す。
 1本の横棒①は「個人の趣味的課題」、左の短い縦棒②は「短期的課題」、中央の中くらいの縦棒③は「中期的課題」、右の長い縦棒④は「長期的課題」を示すので、現在の課題を①〜④にあてはめる。それぞれの期間は個人の時間感覚により、ぼくの場合②短期=2〜3日、③中期=2〜3ヶ月、④長期20〜30年。
 整理がされれば、自覚的にバランスをとることができる。③に時間を割くことだけに偏らないように、とか、この③は②になってからでも間に合うから焦らないことにしよう、とか。実際のところ余裕がなく手近な短期と中期で精一杯なので長期④に想いを馳せることは皆無に等しい。
 バランスをとりながら最も重要なのは、②〜④の課題にあたりながら、それらすべてを横に貫いている①の時間を持つこと。①を忘れないことが、②〜④の調子を調える役割を果たす。「現実逃避」という汚名を着せられた①という串が抜ければ、②も③も④もバラバラになってしまうのだ。
サにもう一本縦棒を    せと_f0035084_14424135.jpg

6月17日月曜
 休眠して午後、ビバホームにてトイレで排便しないノイローゼ猫タマのための布製疑似トイレを補充。
 病院へ父の見舞い。
 めずらしく明るいうちに来れたので病院近くの楽しみなリサイクルショップに立ち寄るが、前回に続いて営業時間内に閉まっていて心配。

6月18日火曜
 徐々に標高の高くなる保留物の大山に手を付けようと頂上に手を伸ばすと同時に、後回しにするには多すぎず、すぐに処理しようとするとしっかり時間のかかるちょうどよい量のお持ち込み買い取りがあり、そっちへシフト。

 午後、昨日発見した、池袋びっくりガードの上、さらに西武線線路の上の、ダイヤゲートから駅に向かう橋の工事が始まっている姿を写真に撮りたくてムトさんに番を代わってもらう。完成したら周辺住民にどういう行動様式が開かれるのだろうか、とても楽しみ。

 夜、岐阜から仕事で来ていた徒然舎ツレッチとタイコーちゃんと食事。キャッシュレス化の件。トルソー乳首事件<いわゆるマネキン、人型模型の胴体部分だけ、トルソーがいつだったか入荷して、地面から立てる支柱がなかったので数百円で外に出しておいたらある若者が買ってくれた。すると不思議と似た現象が続き、数日後にちゃんと支柱のついたトルソーが入荷したのでまた外に出しておくと、前回トルソーを購入してくれた若者が、支柱付きのほうが欲しいので、支柱付きを購入する際に無料でいいから前回購入したトルソーを引き取ってほしいとのことで断る理由もなく、また売ればいいことだ、と引き受けた。しかし後日彼が持ってきた以前購入してくれたトルソーは、なぜか乳房の尖端周辺だけ、表面を覆う布が擦り切れて薄くなっていたのだ。なんとも以前のように売り場に出すのがはばかられたので事務机の横に置きっぱなし、それから数ヶ月間、ぼくは毎日その擦り切れた乳首を眺め続けている。>が、長旅で疲れた二人に思いのほかウケてよかった。

6月19日水曜
 店に入ってきてすぐ「うぁ、なんかセカイカンあるぅ〜」と若い男性二人連れが大声で言い、数秒で店内を一周して出て行った。世界観、、、、、、、、、。
 小山数個を合体、中山化して方向付け、値段付け。
 夜、店員ノムからの確認の電話で、明日の早番と遅番を交代していたことを思い出す。

6月20日木曜
 フェイバリットな映画、というわけでもなく、面白くない映画、という印象もなく、なぜか妙に忘れられない、思い出すと腹を微力でつんつんされているような映画、が『横道世之介』だった。それが気になって、アマゾンプライムで飛ばし飛ばし観る。いややはりとても面白い。
 初めて雑司ヶ谷ユルカフェさんでカレー。美味しい。
 夜、ノムと交代して遅番。閉店5分前にエンジンがかかる。

6月21日金曜
 夕方、病院へ父の見舞い。母親にイタリアンを奢ってもらう。上板橋には実は美味しい食事処が多い、と最近気付いた。

6月22日土曜
 ずっと番台でアスパラ戦士を描く。サの法則でいうところの①のため。
 夜、「横道世之介」をしっかり観る。横道世之介を描くことで映画が横道世之介になっているのかもしれない、と思う。

6月23日日曜
 夜、「いだてん」。
 気になっていたアベンジャーズワールドを知りたくて、観るべき時系列の順番を検索して書き出す。「アイアンマン」を観る。

 火曜に撮った西武池袋線の上の橋。
 「一方、池袋の東口と西口を歩行者デッキでつなぐ「東西デッキ計画」は2020年までの整備は難しい見通しですが、現在建設が進んでいる「西武鉄道池袋ビル」のデッキと合わせた「ビックリガード上空デッキ」が2019年秋に完成する予定です。」
 https://machikochi.jp/2017/11/08/redevelopment2019/にある。東西デッキの前にビックリガード上空デッキ、ができるようだ。2019年秋、ってもうすぐじゃないか。
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by ouraiza | 2019-08-15 21:03 | Comments(0)
ブリトニー    せと
6月10日月曜
 午後、丸三文庫さんに移転祝いの虫網、店番バイトをなさっている信天翁センパイに那覇土産のTシャツを持っていく。
 明治通り沿いの往来座店内でも都内を運転中でも、車のクラクションをしょっちゅう耳にしている。あれ、そういえば先週沖縄で2泊したときにクラクションを一度も聞いてないぞ、と思う。多分間違っている。意識からはずれて耳に入ってこなかっただけだと思う。旅行者の勝手なセンチメンタルメモリーに違いないが、沖縄にはクラクションが鳴っていない印象がある。池袋では運転手が皆いまかいまかと鳴らすチャンスを求めてクラクションに手を乗せ、バーゲンアイランド行きの渋滞道路を走っている。妄想。
 夜、組合の会議。難しい問題。

6月11日火曜
 なにをするにもやる気がまったく出ず放心したままエクセル作業。事務的メールと組合資料作り。手応えのないまま夕方が過ぎた。

6月12日水曜
 夕方店番交代後にいつものローソンへ手にタバコ代の小銭だけを握りしめてタバコを買いに行く。ぼくの姿を見て店員のMさんがいつも通り慣れた動きで背後の棚の37番に手をかけるので、うなづいてコイントレイに小銭を出す。440円。Mさんは少しの間の後480円です、、、と言う。そうだ、、、440円は去年10月の値上げ前の値段だ、、、あわてて謝って店に戻って出直す。

6月13日木曜
 夕方、病院へ見舞いへ行かねばと思っていたが気が急くのでサボる。
 大好きな『迷走王ボーダー』の続編、ひじかた憂峰(狩撫麻礼)原作、たなか亜希夫作画の『ネオ・ボーダー』を読了。勢いで動画サイトを検索し「BSマンガ夜話」のボーダーの回を観る。物議を醸し単行本未収録の幻の一話があると知る。87年か88年の双葉社漫画アクション、迷走王ボーダー第90話。

6月14日金曜
 また見舞いをサボる。
 夜、ツイッターに動画が投稿できずムキになっているうちに、友人に頼まれていた留守宅の猫番を忘れる。

6月15日土曜
 閉店セールが開始された池袋東口のツタヤへ行く。木更津キャッツアイが欲しかったのだが大混雑で探せず帰る。それにしても、いつもたくさんお客さんがいたレンタルDVDとCDのツタヤを無くしてしまう、デジタル化の波浪警報。
 翌日の手創り市+みちくさ市=雑司が谷フェスティバルデイに備えて溜めていたブツなどを準備。

6月16日日曜
 晴れて祭り日和。
 ムトさんが小腹が空いたのでコンビニでなにか買ってこいと言う。なにがいいのか訊くと、ブリトニー、と答えた。なにそれ?いやブリトニーだよ。、、、ブリトー、か、、、。
 那覇、市場の古本屋ウララさんの開業は2011年11月11日11時であり(『市場のことば、本の声』晶文社)、2011年、「あまちゃん」で言うと、東日本大震災があり6月にアキちゃんが北三陸に戻り、8月にGMT5が北三陸のスナック梨明日で歌い、ついにユイちゃんが「やるよ!」と怒鳴った、あの名シーンの3ヶ月後である、ことなどを調べる。

 夜、「いだてん」では関東大震災。youtubeにて第一牧志公設市場移転セレモニーをみる。
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by ouraiza | 2019-08-13 11:14 | Comments(0)
椅子    せと
6月3日月曜
 朝食付き1泊2500円なのにとても気さくで居やすいホテルで目覚め、出がけにホテルのすぐ前の泊港で水面を覗いたらフグが2匹顔を出してぱくぱくしていた。お金を持って来るのを忘れ、ボールペンや爪切りやタオルなどの備品も持ってくるのを忘れたので同行のムトさんに借金しまくり、さらに梅雨の強烈な湿気でぼくもぱくぱくしている。
 昼からウララさんで念願だった店番をさせていただく。様々な場所を観に行って通り過ぎるよりも、たった6時間くらいにすぎないが、できるだけ長い時間ウララさんにいさせてもらって少しでも実感を持ちたかった。
 ウララさんには店の区画内と店前の路上と、2つのパートがある。細かい数字は間違っていると思うが、開店時に3畳の店内から3畳分の棚を路上に出し全体が6畳になり、閉店時には3畳分の路上の棚を3畳の店内にしまい込む。営業日は毎回、一旦倍サイズにトランスフォームして元に戻る。市場のアーケードという屋根の下にあるのでそれが可能ではあるが、それは通常店の主体と捉えられる店内に落ち着くのではなく、毎日外側に向けて倍になるという運動を繰り返す必要があるということ。生物に例えるとなんだろう、とかんがえているが出てこない。
 そして特徴的なのは、毎日伸縮を繰り返す外側に、中枢基地となる帳場があることだ。開店時の生成と閉店時の解体を繰り返す帳場には無駄がない。机も椅子も棚も閉店時にパズルのようにぴったり店内に片付けられる。翌日新しくまた配置に付く。どう処理しようか悩んで保留され結局忘れられた書類の山、差し入れでもらったけどなんとなく手をつけず結局忘れられたカビの生えた鯛焼き、使おうと思って切ったけど使わなかったガムテープの残骸、が発生しない。物心両面の未整理が染み付かない。しかしではそこに歴史を刻む帳場が存在しないのか、というと違う。レジ代わりのプラケースと文具ポシェットとノートが確実にある。ウララさんの帳場は明晰で軽快だった。
 野営仲間、というのか、前や隣の店の店員さんたちの顔が日常的に見えている、というのも新鮮だった。近所の営みに声が届く。ウララさんの椅子から立ち上がって10歩ほどでたどり着く目の前の鰹節屋さんの売り場の隅にあった「生ピーナッツ」というものをどうしても食べたくなり、そうだ店番しながらポリポリしちゃおうと買いに行くと、間髪をいれず「このまま食べれないよ?煮たり煎ったりしなきゃー」とおばちゃんに教えていただき10歩で椅子に戻った。あいつピーナッツポリポリしようとしているな、と向かいの帳場からバレていたのだと思う。
 店番が終わるころ、任侠映画のような低い美声がかっこいいウララ宇田さんが「なにか出会いはありましたか」とお尋ねくださり、新鮮なことしかなかった数時間だったので応えを選べなかったのだが、今思い返して一番印象が鮮烈に更新された出会いは、ウララさんの店内の大部分のスペースを割いて置かれていた沖縄関連本の幅広さとの出会い、だった。言葉や料理や歴史についての本は東京でもよく見る。ぼくの書店経験の少なさにも起因するのかもしれないが、船や魚、蝶やヘビに関するものまで、一地域でこんなに本の幅が広いのか、とびっくりした。

6月4日火曜
 首里城のほとりの池にてバリケンという鳥をみる。
 リサイクルショップをのぞいていると店の中央に座っていた多分店主であるおばあちゃんが小さな声で「これ替えて、、、」と言い500円玉を2枚ぼくに渡すので1000円札と両替する。
 夕方、喫茶スワンという素敵な喫茶店にて、ウララさんの野営陣を守っているアーケード天井が、隣接して骨組みを共有している公設市場施設の老朽化による一時取り壊しのため無くなってしまう件などについてお聞きする。
 那覇空港にて信天翁センパイにORION BEER Tシャツをおみやげに買って帰路。0時に池袋。手帳のメモページに捺した首里城のスタンプの隣に沖縄都市モノレール線ゆいレールの切符と飛行機の搭乗券を貼った。

6月5日水曜
 いつもより1時間ほど早めに開店して雑誌の撮影。めずらしいことだが撮影スタッフの方々が大きめな買い物をしてくださり、もう今日は閉店して構わないかもしれない、と思う。
 午後、最近ちょくちょく来てくださる若いタトゥーの女性が商品のレントゲン写真を1枚ずつつくづく眺め、「うーん、、、どうもピンと来る膀胱がねぇな、、、」と仰っていたので可笑しい。

6月6日木曜
 開店しながら今年初めての冷房をON。
 「長く気になっていたが小さなことなのでほっておいた諸事を終わらす。スッキリ」とメモにあるがなんのことだか思い出せない。

6月7日金曜
 午後から実家にて軽作業。一人暮らしの父親が倒れてすぐの薄暗い状況を救ってくださったのは父の兄弟である叔父叔母と、父が飲み歩いた近所の居酒屋、スナックの友人たちだった。息子、親族、友人、それぞれで父親の印象が違うので、それぞれに方向性があることがバラエティになった。なんとかお礼をしたく、その準備をする。

6月8日土曜
 映画関連中山に値段付け。
 夕方、作業と作業の合間の短時間にちょうど極ご近所のお客様がいらっしゃり少量の出張買い取り依頼。まさに今なら15秒後に台車で買い取りに出発できるタイミング。お客様といっしょに出かける。

6月9日日曜
 午後から組合関連の書類作り。
 名画座手帳に使うあるリストをエクセルでつくりはじめる。検索しながら初めての機能を使ってみる。行をセルに分割する。並べ替えをする。エクセルすげー、と感動。
 夜、いだてん第22回「ヴィーナスの誕生」。タイトルバックの演出に名前が挙がったHさんは以前店の近所に下宿なさっていたHさんであった。
 深夜、アマゾンプライムで「シン・ゴジラ」を再見。今度はエンドロールに知り合いの名前を発見して驚く。多分同姓同名別人だが今度ネタにしてみよう。

 バリケンの卵とウララさん前の電柱。
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by ouraiza | 2019-08-11 14:30 | Comments(0)
マ    せと
5月27日月曜日
 休眠して実家に行き諸事多数。父の見舞いへ行き、銀行カード再発行のための書類にサインをもらう。寝たきりの父が懸命に住所と名前を書いたが枠からはみ出しまくる。書けないかもしれませんがいいですか?と銀行の方に訊いたが、それでもいいからとにかく本人じゃなきゃダメ、ということだった。

5月28日火曜日
 ラジオを店で聴いていて忌野清志郎が流れた時に番台前にいらっしゃった推定70代のお客様が、「最近やっと忌野清志郎の歌をちゃんと聴いたが、素晴らしいんだね、昔気付かなかったのがもったいない」という意味のことを仰った。つい先日もご近所の70代のHさんが「忌野清志郎、感動しちゃった、、、なにがいいって、言葉がほんと聞き取りやすいのよ」と仰っていたばかりなので驚いた。ビースティーボーイズやギャング・オブ・フォーも、これは何て人たち?素敵ね、と70代以上のお客様から訊かれたことがある。若い人が聴く、中年が聴く、老人が聴く、というなんとなくイメージされるくくりが当然時代とともに推移していて、自分の勝手なイメージなんてあてにならないぞ、と気付かされる。
 夜、岐阜から徒然舎ツレッチとタイコーちゃんが遊びに来てくれる。赤い指輪みたいなヒモ切りをいただく。ゴルゴ13のある一話の数ページが延々と繰り返される多分なにかの見本として作られたを、狂ってるじゃんねーサイコー!とタイコーちゃんが喜んで買ってくれた。キャッシュレス時代への対応とAirPayについてなどを教わる。

5月29日水曜日
 開店前の午前中に銀行へいこうと思っていたが目覚めたらパトラッシュがゆっくりお眠りよと耳元でささやくのでサボる。

 お客さま「あのー、このお店いつごろ開店なさいました?」
 私「2004年、、、ですので15年前ですね」
 お客様「いやそれはちょっと、私30年前に学生だったときにこのお店に通ってたんですよ」
 私「おおそうですか、、、多分どこかとお間違えなのでは、、、以前駅前にあった古本屋さんなのでは、、、」
 お客様「いやこちらだったはずです、だって棚の並びも同じですし、、、」
 私「、、、」

5月30日木曜日
 週末の沖縄行きの前にやってしまいたいことリストを作ると13個あった。
 ムトさんに店番してもらい銀行で磁気が読み取れなくなってしまった父親のカードの再発行手続き。新しいカードはどうしても登録住所にしか発送できないとのこと。いないとわかっている実家に送るよりも、病気の父親にサインをもらい戸籍謄本を発行して親子である証明までしている息子宛に送ってほしいと懇願するも無理。無駄を嘆く。しかしぼくのような幼稚なバカが想像できる範囲なぞをはるかに越えて手の込んだ犯罪が横行する時代であることもわかる。
 店に戻ってから準備して市場へ出品。
 13個の課題のうち2個終了。

 夜、居酒屋バシトンにて沖縄での行動目標をたてる。・東大でヤキテビチを食べたい・”ウララ島”へ行きたい、など。

5月31日金曜日
 午後までの番後、不動産屋さんにて賃貸契約更新の手続き。緊張。
 実家で用を済まし病院へ父を見舞い再び実家に戻り用を済ます。
 残り11個の課題のうち5個終了。

6月1日土曜日
 根が生えそうだった大山を値段付け。
 賃貸契約更新が終わって腑抜け。ノムに店のガラス窓を拭いてもらう。すっきり。
 残り6個の課題のうち4個終了。2個残った、、、。
 ムトさんが沖縄に連れて行ってくれるとのことでドキドキ。2時に布団に入ったが集合時間が4時なのでいっそ起きていることにした。

6月2日日曜日
 飛行機なんて何年ぶりだろう、友人の結婚式でベトナムに行ったのが2006年5月なので13年ぶりか。夢や希望ってやつぁ、、、持ってみてぇもんだ、、、(by丹下段平)。空港での荷物検査の際、レーンに用意された荷物をのせるトレイの重なりの最上段のトレイに自分の荷物を置いてボーっとしてしまっていたので、後ろに並んでいた人がトレイを利用できない事態に。ごめんなさい。
 9時半那覇空港着。曇りで湿度がとても高くギャツビーボディペーパーがどんどん減る。念願の市場の古本屋ウララさん前に立つ(休業日)。あと2週間ほどで老朽化のため一旦閉鎖する第一牧志公設市場2階の食堂にてビールとイカスミ焼きそば。看板を見た「ビリヤード壷」に行ってみたいが営業なさっているかどうか未確認。波の上ビーチ付近に停泊していたサンシャイン60を横に寝かせたぐらい巨大なクルーズ船にびっくりする。
 夜、飛び入りで同席させていただいた沖縄古書組合関連の方々の飲み会で、へべれけに酔ったBOOKSじのんさんにお子さん達のお名前を尋ねていると、ご息女は「まりこ」さん(仮)とのこと。「じのんさん、まりこさんは漢字でどう書くのですか?」と尋ねると、「‥‥‥マンホールの『マ』!!」と教えてくださり、寝不足のツボに刺さった。
 じのんさんは「おい天久!帰るぞこら!」と榕樹書林さんに叱られながらタクシーに引きずり込まれていった。
 その日の手帳の余白に濃い文字で
<古本屋は「古」って自分で言っちゃうからダメさ、皆さん逃げることでビジネスチャンスを失ってるわけさ!(by二次会における文化堂 浜里さん)>
とメモがある。

 那覇には街角に水辺が多く、小さな池にも必ず魚がいて、元気だった。
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by ouraiza | 2019-08-04 18:18 | Comments(0)
シャオ    せと
5月20日月曜日
 午後、となり町へ出張買取り。わかり辛い場所なので近くで電話ください。申し訳ありません、携帯電話が古くてバッテリ—が保たず連絡できないと思われます、必ず自力でたどり着きますのでなにとぞお待ちください。ああ早く新しいスマホに替えるべきだ。
 知り合いのレコード屋さんからのご紹介でうちに声をおかけくださったらしい。「どういうきっかけで往来座を、、、」とは普段お訊ねしないので、もしかしたら実はたくさんの方々のお世話になっているかもしれない、と思う。2階から20束くらい本を降ろしただけで汗だくになる。
 夜、ユーチューブで「あしたのジョー」を手当たり次第観る(TMSアニメ55周年公式チャンネル)。丹下段平のセリフ「そりゃおめぇ、、、誰だって、、夢とか希望ってやつぁ、、持ってみてぇもんだ、、、」。古本屋だって、、と思い泣く。

5月21日火曜日
 開店時から強風と大雨だったので完全に手足を隠す亀シフト。夕方止んだようで止んだとは言い切れない微雨だったが亀シフトのまま安住。
 久しぶりの全集類を値段付け。開高健、梅崎春生、土門拳、龍膽寺雄。全てちゃんとした揃いを扱うのは初めて。
 ドイツにいる元店員こにぎり君にメールを出す。

5月22日水曜日
 夜、居酒屋バシトンにて店長のぷよぷよさんからぷよぷよの大会について聞く。

5月23日木曜日
 お客様から赤塚小三郎という偉人をお教えいただくが検索してもなにも出てこない。幻だろうか。今度もう一度聞いてみよう。
 午後、極ご近所の大型マンション最上階へ出張買取り。こういう時の窓からの景色や外階段踊り場からの景色がいつもの場所を違った角度から眺められるチャンスでとても楽しい。壁が高く道から広く覗けない墓所が上からよく見えた。

5月24日金曜日
 暑くてコンビニのアイスコーヒーを2杯がぶ飲み。
 買取りのお客様から紹介していただいたお宅へ電話をすると、奥様はとりあえず早急にお片付けをしたい様子だが、後ろで旦那様が「古本屋には売らん!」と仰っているのが聞こえる。お断りする。

5月25日土曜日
 ギャツビーボディペーパーをコンビニで買う。今年のギャツビー初め。

5月26日日曜日
 池袋西口を散歩。西池袋公園近くのスケーター系古着屋さんでドラマ池袋ウェストゲートパークを想起して楽しい。要町ブックオフにて『北斗の拳』を探す。南斗水鳥拳のレイが登場する巻を全て買い代名詞である「シャオ!!」という攻撃時の叫び声を探すが、なんとまったく「シャオ!」と言っていない。あの表現がテレビアニメ内だけだったと知る。北斗の拳風にデフォルメされたフォントの「シャオ」を『名画座かんペ』の表紙カットにしたかったのだが、よくよく検討して「ピシャァァッ」に変更。

 夜「いだてん」。

 物理学のファインマンさん(『ご冗談でしょう、ファインマンさん』)、の画集。
シャオ    せと_f0035084_17073656.jpg
 

by ouraiza | 2019-08-04 16:45 | Comments(0)
怪金魚マリーの最期    せと
 4年前の正月明けに父親が急病で倒れた。母は離婚して近県の故郷に越しており兄は北陸の会社に勤めていたので、実家に行けるのはぼくしかいない。数年間顔を出していなかった実家に、突然その日から毎日通うことになった。
 夕方急いで仕事を片付け病院へ行き父を見舞ってから実家に帰り、父親の関係先への連絡や郵便物の整理や日々現れる新たな医療事務書類の理解に努める。保険の制度、介護業界の流れなど、勉強になりつつもとても薄暗く心細いことではあった。そんな膨張した日々に通気孔をあけてくれたドリルの一つが、怪金魚マリーだった。

 狭くるしい池の中で長い尾ひれを揺らめかせる姿にうっすらとした記憶が無いでもなかったが、まさかと思いつつ倒れてから約2週間後にやっと会話ができるようになった父に尋ねると、「そうだ、あれは健太郎(兄)が小学校か中学の時に縁日でとってきた金魚だ」という意味のことを応えた。少年だった兄かぼくが池に何か生物を放つというのはたまにあることだった。そしてたいていは長続きせず、庭の隅に穴を掘って遺骸を埋めた。しかし時には魚が環境に偶然適応したのだろう、想像以上に生命を長らえさせることもあったと記憶している。
 おぼろな記憶のなかの生きもの盛衰史の一コマに、赤いボディに白いドレスのような尾をなびかせる金魚の姿が確かにあるし、父も高次脳機能障害のきざしがありながらも、それが20数年前から生きている金魚だと証言している。その神々しさを拠り所にしつつあったぼくは信じることにし、王妃にあやかってマリーと名付けた。

 いつもの店の仕事に病院通いと実家帰りが重なりとりとめのなくなった脳に芯を通したかったのだと思う。当時の一時期、このブログに執拗にマリーを登場させた。
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 数ヶ月だけ戻るような変遷が1、2度あったが、ぼくも兄も大学入学のころに一人暮らしのために家を出た。年数で数えるともしかしたら、マリーは息子達よりも長期間家にいるのかもしれない。

 実家は車通りのない入り組んだ細道に面し、子どものころ秘密基地への連絡路として遊んだ古い住宅区画の隙間と隙間が交差して人知の及ばぬ空間を育む、野良猫が住みやすい地域にあり、庭は絶えず野良猫たちが勢力争いをする関ヶ原だった。実家に毎日帰るようになってマリーに気付き、もう一つ、当時の猫軍のリーダーが、白黒の一匹だとわかった。大別すると黒の八割れ模様なのだが、その猫の額の八割れは妙に内側に丸まった八割れで、言ってみれば、下に開いたC割れである。眼を据えてこちらを堂々と睨むくせに、触ろうと体を動かした瞬間に走り逃げる、アンタッチャブルな猫だった。主が倒れ人の息吹が減った地をどうか守って欲しいという想いでそのふてぶてしい猫をモリーと名付けていた。

 約半年の入院期間を経て父は実家に戻ることができた。ぼくは実家に通うのではなく寝泊まりすることになった。父は福祉業者のレンタルベッドでなんとか寝起きしつつ、しかし当然以前のように家の手入れができるわけがない。自分の病状にただ茫然とし続けているように見える父は、息子に定期的に自分が熱心にやっていた池の水掃除や群生する竹の害虫駆除を指示することもなかった。
 今思い返すと、1年目の夏にその兆候が無いではなかった。新生活に慣れることで小さな脳のポケットを満たしていたぼくは、庭の手入れをほとんどしなかった。暑さで蒸発していく池の水をホースで補充すること数回。それ以上のことは意識下に追いやった。たまに様子を見に来てくれる叔父が繁茂する木々をみて「ゴミ屋敷だと思われるぞ」と指摘してくれた。後になって叔父の指摘は世間への体裁を気にすること以上の大切な道理を含んでいたと思うのだが、その時は体裁なぞどうでもいい、ゴミ屋敷で喘いでいる半身麻痺の父親と40代独身の息子という図も面白いではないか、と思っていた。叔父は枝切りばさみやノコギリで伸びすぎた枝を切ってくれた。しかしまだ父がリハビリをして立ち上がる、もしくはそのことに前向きになるという希望を持っていた我々は、以前から父が特に気に入って丹精していた竹には手を触れなかった。竹は大事だ、オレが手入れする、という想いが復帰のきっかけになる可能性があった。
 ベッドからトイレまでの約10メートルを車椅子でぼんやりと往復している父がたまに床を指さし「またいた。ほれまたあそこに」と言っていた、台所やトイレの床を思い思いの方向へゆっくり這っていく黄色い小さな毛虫たちが竹から発生していることも全く知らなかった。女性ヘルパーさんが「あたし毛虫苦手なんです~~」とちょっとはしゃいでいるのを新鮮に可笑しく眺めていた。

 介護の初歩見習いのような日々が続いた約1年後、実家に毎日帰るという特異現象にも慣れ始めたころ、北陸に赴任していた兄が会社に願い出て関東支社に移動してきてくれて実家の近くに住み、ぼくの役割は半分になった。週末には以前のように雑司が谷の一人暮らしのアパートで寝起きすることができるようになった。そのころからだろう、ぼくは以前の暮らし、仕事量に少しでも戻れることに浮き足立ち、怪金魚マリーのことも庭の手入れのことも以前に増して気にしなくなっていった。

 2年目の夏、去年ちらほらとだけ出現していた黄色い小さな毛虫が、家の中の床のいたるところを這っていた。去年よりあきらかに増えていた。早朝4時頃に父が無線チャイムを押してぼくを呼ぶ内容が、「なにか美味いものはないのか」から「そこに虫がいるからとれ」に変わった。生物全般に詳しい兄によると、異常に降り続けた雨で土の中の水分量が高まり、土中にいた虫たちが地上に逃げてきている、とのことだった。毛虫のことを兄が調べると、タケノホソクロバという蛾の幼虫で、幼虫時には竹に寄生し竹を食べるのだという。庭に出て竹の幹、枝、葉をじっと見つめると、見慣れた黄色い幼虫と、成虫したての黒い蛾と、幼虫のものと思われる黒い糞のツブツブがびっしりとくっついている。
 そして、それらを抱えたまま伸び、しな垂れて重なりあってできた竹の枝の屋根の真下に、マリーのいる池がある。
 2年をかけてじわりじわりと準備されたタケノホソクロバの大量発生とマリーの池との関係に、その時初めて気が付いたのだ。

 庭にしのび寄る生態系の危機を感じた兄は、片道2時間半の通勤を週6、運が良ければ5日続ける、自営業とは違った厳しい重圧の日々を送りながら、数少ない休日に近所の仲の良い同級生に手伝ってもらい庭の竹を一掃してくれた。しかし、長期間降り積もった幼虫の糞や幼虫そのものによって変化した池の水質、その環境に居続けたマリーの体質には、やはり遅すぎたのだと思われる。
 マリーはいつの間にか下半身が膨れているアンバランスな体型になった。人間で言うと橫腹に、白い突起物があるように見えた。ひらひらと尾びれをなびかせ池の端から端へ優雅に泳いでいた姿はなく、重い体をなんとかまっすぐに保とうとして、水中よりも水面近くで、泳ぐと言うよりも浮いているようだった。マリー大丈夫か、と近寄ると、ゆらゆらと浮いた状態から少しだけ身を翻し、池の端から中程までは移動した。小さなころからずっと魚を趣味で飼っている兄に訊くと、長くは保たないだろうとのことだった。
 その頃、野良猫モリーの姿をよく池の近くで見た。一度は池の水面に手を伸ばしていたのでうりゃっと突進して追い払った。不義理を重ね実家に寄り付かなかったぼくよりは、モリーはマリーのことを知っているだろうし、マリーも野良猫の多いこの環境はお手のもののはずだ。まだぼくはそんな感覚だった。

 マリーがおかしいと気付いてから2週間後くらいだったか、1ヶ月も経っていたか、定かには憶えていない。ふと池を見ると、マリーはいなかった。庭の隅々を確認し、池の底まで棒を差し込んで探したが、自生する苔と落葉が揺れるばかりで、死体も無かった。マリーはもう、いなかった。
 モリーは相変わらず家の周囲にいた。裏庭にいたり、おとなりの塀の上にいたり、屋根にいたりした。しかし以前のように池のそばで見ることはほとんどなかった。モリーを犯人に仕立て上げるのは容易なことだ。結局、ぼくの、干渉することからの逃走、という静かで残酷な不知火が、板橋区の片隅の王妃マリーを焼いたのだ。


池から逃げるモリー
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日陰のモリー
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屋根のモリー
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by ouraiza | 2019-08-01 13:35 | Comments(0)