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  <title>往来座地下:ﾒﾓ/雑司が谷の本</title>
  <category scheme="http://ouraiza.exblog.jp/i13/" term="ﾒﾓ/雑司が谷の本" label="ﾒﾓ/雑司が谷の本"></category>
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  <modified>2025-10-30T17:42:09+09:00</modified>
  <author><name>ouraiza</name></author>
  <tabline>古書 往来座</tabline>
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    <title>雑司が谷の本　メモ</title>
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    <issued>2002-01-31T23:59:00+09:00</issued>
    <modified>2020-12-21T18:53:09+09:00</modified>
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    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[・雑司が谷に触れた箇所のあるもの<br />
・特例として本以外も有り得る・本の情報表記の様式は不統一<br />
・作品の収録された文献はここに挙げたものが全てとは限らない<br />
・地名だけの地図、ガイドは含まない<br />
・在庫のご案内ではありません<br />
]]></content>
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    <title>「元鬼子母神を出て」　藤井貞和</title>
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    <issued>2002-01-01T02:42:00+09:00</issued>
    <modified>2025-01-16T02:49:52+09:00</modified>
    <created>2025-01-16T02:46:01+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[『ピューリファイ、ピューリファイ！　藤井貞和の詩』<br />
1990年　初版　書肆山田<br />
<br />
<br />
初出『現代詩手帖』1988/1<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
元鬼子母神を出て<br />
<br />
<br />
鬼の母と鬼の子とを見掛けたよ、なんどか。<br />
そらの大銀杏から降り立ったふたりの姿がね、<br />
夜目にはっきりと見えました。<br />
鬼の母と鬼の子。<br />
<br />
<br />
鬼の母は、<br />
つい道路を隔てた24時間営業のスーパーに来て、<br />
買い物をしていた。<br />
また引き返して鬼子母神の境内へ消えて行ったのをあまりにもあざやかに見ました。<br />
深夜になると遊ぶ鬼の子に、<br />
わたしは、<br />
ふと心の通う気がして、<br />
すぐと思いとどまります。<br />
雑司ヶ谷小学校裏を通り、<br />
このあたりまで来ると、<br />
ほっと安らぎのような感情が、<br />
来るようです、でも、<br />
<br />
<br />
いくたりもの人を喪った一年が過ぎ、<br />
また新年を迎えるのですから、<br />
無常だよ。<br />
心のなかでだれかが、何かが叫ぶ、無常だよ。<br />
<br />
<br />
＜中略＞<br />
<br />
<br />
だが、祭りの日には、<br />
深夜をかけて、<br />
太鼓が不眠の町に、<br />
結界が切れたと告げてまわる。<br />
<br />
<br />
われわれの鬼の母と鬼の子とふたり、<br />
鬼子母神駅から、<br />
さいごの都電に乗って、<br />
行くのが見えます。<br />
<br />
<br />
わたしは、<br />
岡島さんのお店の二階から、<br />
鬼の母、鬼の子を見送って、<br />
この世の窓を閉める。<br />
<br />
<br />
おなじ豊島区内に住む阿部岩夫さんは、<br />
ここの鬼子母神に、<br />
子の安産祈願のたびに、<br />
訪れるのだそうです。<br />
<br />
<br />
しかし、鬼子母神が生まれたという、<br />
もう一つのお社が、<br />
護国寺の近くにあるとは、<br />
知らなかったというので、<br />
<br />
<br />
行ってみると、<br />
三角の井戸があり、<br />
祭りの燃えるように白い作り物が幾十となく、<br />
そこから出て行くところでした。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202501/16/84/f0035084_02332166.jpeg" alt="_f0035084_02332166.jpeg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
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    <title>小草　（「まこちゃんのおはか」由来）</title>
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    <issued>2002-01-01T02:40:00+09:00</issued>
    <modified>2024-07-13T18:36:14+09:00</modified>
    <created>2024-07-07T18:11:26+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[「墓」（章）<br />
一<br />
雪が降る。<br />
雑司が谷の墓地では、<br />
新しい墓も、古い墓も<br />
大きい墓も、小さい墓も<br />
うちの信の墓も、隣りにある同じ日になくなつた幼児の墓も<br />
みんなこの雪を被つたろう。<br />
墓守よ、箒をおいてお呉れ、<br />
そのまゝで、おゝ、そのまゝで美しい日の照るように。<br />
<br />
<br />
九<br />
姉よ。池袋を過ぎるときは<br />
車の車窓を開いて<br />
雑司ヶ谷の冬木の杜へ目をやつて下さい。<br />
そこには、貴女の愛してくれた信が<br />
喪章のついた花環のなかから<br />
小さな顔をあげて<br />
信の懐かしいお祖父さんお祖母さんに遇つて来た貴女を迎へてゐます。<br />
姉よ。その時、信と一言呼んでやつて下さい。<br />
<br />
<br />
『小草』　初版著／金澤甚衛・金澤まつ子<br />
大正8年7月11日印刷　大正8年7月16日発行　白水社<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202407/07/84/f0035084_18140369.jpeg" alt="_f0035084_18140369.jpeg" class="IMAGE_MID" height="737" width="500" /></center>『小草』　再版<br />
著／金澤甚衛・金澤まつ子<br />
大正8年7月11日印刷　大正8年12月16日発行　再版　白水社<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202407/07/84/f0035084_18112392.jpeg" alt="_f0035084_18112392.jpeg" class="IMAGE_MID" height="745" width="500" /></center>・菅原克己「雑司ガ谷墓地の小さな墓」<br />
・小沼丹「枇杷」<br />
・浅見淵「墓と愛情」<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>「墓と愛情」「鬼子母神附近」「目白界隈」　　浅見淵</title>
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    <issued>2002-01-01T02:38:00+09:00</issued>
    <modified>2025-08-17T23:01:14+09:00</modified>
    <created>2024-07-13T17:39:05+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[浅見淵／著『市井集』昭和13年　砂子屋書房<br />
<br />
『浅見淵著作集』第3巻　1974　河出書房新社<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
「墓と愛情」<br />
　立派な墓はあっても、流露的な愛情が感じられる墓というものはいたって勘い。<br />
（中略）<br />
　僕のいま住んでいるところは雑司ヶ谷の墓地に近いのでちょいちょい散歩に出掛けるが、初めに書いた――流露的な愛情が感じられるという墓は、今迄に二つ見掛けたきりだ。<br />
　一つは青緑色の自然石に、「まこちゃんのおはか」と二行に彫られた墓だ。<br />
　それは抱月の墓のつい近くにあるから、雑司ヶ谷の墓地を散歩した人なら、大抵気が附いているだろう。何処か鵞堂流の痕が残っている女手で、美しくつつましやかに書かれているのだ。葬られているのは幼くして亡くなった一粒種の愛児ででもあろうか、墓碑を眺めていると何にか身に沁みて来るものがある。<br />
　 もう一つは、小泉八雲の墓のうしろのほうにある墓だ。二坪ばかりの地面に、奥のほうに並んで二つ、入口のところに一つ、いずれも磨ぎ出さない白大理石で同じ形に作 られて、寝棺型の墓碑が置かれてあるのだ。そして、その三つの墓の上を、藤棚が閑かに覆うているのだ。（後略）<br />
<br />
<br />
<br />
「鬼子母神附近」<br />
　去年の夏、雑司ヶ谷の鬼子母神境内の相当な茶店のお神が、年下の内縁の夫を出刃庖丁で刺して、省線に飛び込んで自殺した事件があった。血糊が床下まで通っていたそうであるが、原因はなんでも不景気に由来しているという事だった。尤も、その内縁の夫は居座り婿で、懶け者の上に酒呑みだったらしいのであるが、その日もお神に芋田楽の材料の買い出しを頼まれたのに、材料は仕入れずにその金でグデングデンに酔っ払って帰り、十代も若い年下の男を持って近所受けが悪くなっている所へ持って来て、不景気で首が廻らぬようになっていたので、暑さも手伝ってお神は発作的に逆上したものらしいという噂だった。<br />
　所で、江戸時代からの名刹で、鼠小僧次郎吉の物語の中にも出て来る鬼子母神附近が、何故こういう悲劇を生むほど不景気になって来たかというと、それは取りも直さず市民の行楽気分が頓に衰えて来たからである。そして、それには、この界隈の場末化も与って力があるのである。鬼子母神の入口の欅並木の右側にあった、明治十何年創業の看板を出していた雀やき屋が廃業してからもう五六年になるが、そうしてその跡には、洋館擬いの五六軒続きの貸店が建ったが、その雀やき屋が潰れる前後からなんとなくこの辺りに衰運が漂い始めた。<br />
　（後略　以後全文鬼子母神界隈の風物について）<br />
<br />
<br />
「目白界隈」　<br />
<br />
　偶然なことから雑司ヶ谷へ引越して来て、いまのところに三年許り、前のところに約二年、合計五年という年月を暮らしてしまった。<br />
　最近、近所に棲まって居られる坪田譲治氏と御つきあいを願っているが、自由学園のつい隣りにある狐塚の坪田氏のお宅は、二十年程前に建てられたものだそうであるが、その頃は裏が雑木林で、周りは一面の麦畑や大根畠であった由、いつか話されていた。<br />
　そういえば、矢張りその頃、戸山ッ原から芒の葉隠れ越しに、目白駅のシグナルが見えたことを、ラフカディオ・ ヘルンの息子さんの小泉一雄氏が、何かに書いていたのを読んだことがある。 また、去年辺りまで、いまは暗渠にして埋めてしまったが、人家を縫って流れていた近所の泥溝に、むかし大根の洗い場だった跡が無花果の樹蔭に残っていた。<br />
　しかし乍ら、その辺りに藁葺きの農家が散らばっていて、何時も落葉の朽ちる匂いがしていたのを、僕だって知っている坪田氏のお宅の近所が、今なお閑静だとはいえ、すっかり住宅で埋められてしまった現在では、雑司ヶ谷界隈には殆んど郊外らしい趣は無くなってしまった。どちらかといえば場末である。<br />
<br />
　僕は大体、へんにイキイキしていて新開の郊外が好きなのだが、その日その日の生活に齷齪しだすと、却々思うように引越しも出来兼ね、かつては仲間の間で引越し好きで有名だった僕も、ずるずるべったりにたいして心も惹かれていない雑司ヶ谷で、五年という月日をいつのまにか過ごしてしまった。<br />
　そうは云うものの、五年も雑司ヶ谷に棲んでみると、扨てとなると、多少の執着が無いことも無い。<br />
（後略）<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202407/13/84/f0035084_18353404.jpeg" alt="_f0035084_18353404.jpeg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202407/13/84/f0035084_18354385.jpeg" alt="_f0035084_18354385.jpeg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>「寄宿学校」　須賀敦子</title>
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    <issued>2002-01-01T02:35:00+09:00</issued>
    <modified>2024-05-03T18:09:16+09:00</modified>
    <created>2023-08-09T17:16:58+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202405/03/84/f0035084_17440098.jpg" alt="_f0035084_17440098.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="467" width="350" />『ヴェネツィアの宿』　1993年　文芸春秋　（1998年　文春文庫）所収<br />
<br />
<br />
　その日、私たちは、荷風のお墓をたずねることにした。よく晴れたあたたかい一日だったが、車で下谷から小石川によって雑司ヶ谷に着いたときには、もう四時をまわっていた。太陽が西に傾きはじめるとにわかに寒気がもどって、それまでのどかだった墓地が一瞬のうちに灰色の幕におおわれたようになった。<br />
　めざす荷風の墓碑はなかなか見つからなくて、たしかこの辺りだったというあやふやな彼の記憶をたよりに、私たちはいくつもの角を曲って迷いつづけたあげく、待ちあい場所を決めてそれぞれが思う方向に行ってみることにした。そのあいだも、日はどんどん暮れていった。もうあきらめようとして、彼とわかれた地点に戻ろうと歩き出したとき、ふと、こんもりとした常緑樹の茂みが目にとまった。なんだろう、と興味をおぼえて正面にまわると、ちいさな鉄門のついた墓所だった。外国人のお墓だな、と思いながら、門についた紋章を見て、はっとした。それは、まぎれもなく、私が六歳のときから十六年間、なんだかんだと不平を言いながら勉強したあの学校の紋章だったからである。日本に来て、ふたたび故国に帰ることなく生涯を終えた修道女たちの墓所に違いなかった。御殿場の修道院にも、関西の宝塚に近い丘のうえの学校にもシスターの墓地はあって、学校時代の友人をかたらって詣でたこともあった。雑司ヶ谷にも何人かのお墓があると聞いてはいたけれど、ここまで来たことはなかったし、そのことはすっかり忘れていた。<br />
　きいっと心をえぐるような音をたてる小さな鉄門をあけて私は中に入った。正面に、他よりは大きな十字架が一基あり、その前に二列に向きあって、それぞれの側に五、六基、より低い十字架がならんでいて、そのひとつひとつに、葬られた修道女の名と生年月日、そして亡くなった年と月日と、それぞれの故国の名がきざまれていた。親しかった人の名もあり、知らない名もあった。おもわず姿勢をただしたのは、畏敬の気持からというのとは、すこしちがっていた。しゃんと背をのばしなさい。修道女たちがそういって注意する声がきこえそうだったのだ。まっすぐ立って、私たちの顔を見てはっきり挨拶なさい。<br />
<br />
「おーい、そんなところでなにしてるの。荷風はこっちだったよ」<br />
　友人の呼び声に、また、ここにはいつかひとりで来よう、と思いながら、私は暗い小径を声の方角に歩いていった。<br />
　<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>ドラマ「水もれ甲介」ロケ地</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ouraiza.exblog.jp/32967127/" />
    <id>http://ouraiza.exblog.jp/32967127/</id>
    <issued>2002-01-01T02:30:00+09:00</issued>
    <modified>2024-11-19T15:12:08+09:00</modified>
    <created>2023-03-15T14:45:41+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[『水もれ甲介』（みずもれこうすけ）日本テレビ系列　1974年10月13日（日）から1975年3月30日（日）　全25話<br />
出演：石立鉄男　原田大二郎　村地弘美　赤木春恵　名古屋章　他<br />
<br />
<br />
※雑司が谷周辺でのシーンが頻出、まとめられず、印象深い点のみのメモ<br />
<br />
<br />
第1話：都電高架下　都電線路沿いの道　鬼子母神境内　鬼子母神参道　鬼子母神参道内アパート　鬼子母神参道看板<br />
第2話：鬼子母神境内渡り廊下　鬼子母神前停留所　鬼子母神前停留所前の喫茶店絵里　弦巻通り？<br />
第3話：鬼子母神境内の伴淳三郎　商店街<br />
第4話：宿坂　喫茶店絵里店内<br />
第5話：現鶉山医院向かい近辺の酒屋　現辻会計（バー）さん前から鬼子母神前停留所方向への風景　鬼子母神境内での太鼓<br />
<br />
第6話：銭湯・富士の湯入り口、のれん<br />
<br />
第7話：商店街、大谷屋食品店看板　鬼子母神参道のラジオ体操　高田馬場ちかくの神田川<br />
第8話：高戸橋　鬼子母神マーケット　雑司が谷1丁目の坂道<br />
第9話：現赤丸ベーカリーさん上の坂道　関はきもの店さん　鬼子母神境内で相撲<br />
第10話：千登世橋　「復讐するは我にあり」（1979公開 実際の事件は1963）のアパート　すすきみみづく音羽屋さん<br />
第11話：三ッ森工業所前の染め物屋「岩崎屋（ドラマ内）」さん　「早稲田荘」<br />
第12話：鬼子母神境内ブランコ　上川口屋さん　浴槽（富士の湯？）<br />
第13話：大塚、都電沿いの道　川口晶さんは川口松太郎（雑司ヶ谷霊園）さんのご息女<br />
<br />
第14話：鬼子母神端の公衆トイレ<br />
<br />
第15話：鬼子母神前の邸宅（現マンション・イトーピア目白）の壁　鬼子母神病院の窓<br />
<br />
第16話：現イトーピア目白、元邸宅の壁（15話より至近）　大鳥神社入り口　三森工業所、岩崎染物店前の路地　鬼子母神境内の左幸子<br />
第17話：鬼子母神沿いの道（現割烹大倉前）<br />
<br />
第18話：六ちゃんの酒屋近江屋の右隣の住宅　並木ハウス　墓地（本納寺？）の中<br />
<br />
第19話：鬼子母神参道端の花屋さん　横尾クリーニング　横尾クリーニングから東京音楽大学方向への視界<br />
<br />
第20話：歩道橋（場所？）　雑司が谷2-25マンション　鬼子母神大銀杏に登るまこと（川口晶）<br />
<br />
第21話：のれん「冨士の湯」（「富」ではない）　大鳥神社裏<br />
<br />
第22話：公園（場所？）<br />
<br />
第23話：鬼子母神停留所（いつもより引きの視点）<br />
<br />
第24話：新宿　冨士の湯前路地の角、壁に映画館チラシ<br />
<br />
第25話：武芳稲荷鳥居の横　新宿のビル屋上<br />
<br />
（鬼子母神マーケット）<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202304/16/84/f0035084_02080418.jpeg" alt="_f0035084_02080418.jpeg" class="IMAGE_MID" height="379" width="500" /></center>（鬼子母神参道けやき並木のアパート、「水もれ甲介」と「復讐するは我にあり」）<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202304/16/84/f0035084_02512456.jpeg" alt="_f0035084_02512456.jpeg" class="IMAGE_MID" height="188" width="500" /></center>（池袋の映画館ポスター）<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202305/10/84/f0035084_13132130.jpeg" alt="_f0035084_13132130.jpeg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>（鬼子母神境内の石立鉄男と伴淳三郎）<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202411/19/84/f0035084_14594143.jpeg" alt="_f0035084_14594143.jpeg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>Magazine Today</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ouraiza.exblog.jp/32192181/" />
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    <issued>2002-01-01T02:25:00+09:00</issued>
    <modified>2021-03-17T18:15:41+09:00</modified>
    <created>2021-03-17T17:57:16+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[FIPP'97TOKYO記念『Magazine Today　日本の雑誌8誌による特集エコロジー』東京人編集部「都心の緑を楽しむ雑司ヶ谷界隈植物散歩。」文・奥本大三郎／川本三郎／塚谷裕一15p<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202103/17/84/f0035084_17561261.jpeg" alt="_f0035084_17561261.jpeg" class="IMAGE_MID" height="700" width="493" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202103/17/84/f0035084_17562868.jpeg" alt="_f0035084_17562868.jpeg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202103/17/84/f0035084_18015180.jpeg" alt="_f0035084_18015180.jpeg" class="IMAGE_MID" height="700" width="479" /></center>]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>『各界著名人が選んだ　写真展　私の好きな東京　'91』</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ouraiza.exblog.jp/32192179/" />
    <id>http://ouraiza.exblog.jp/32192179/</id>
    <issued>2002-01-01T02:20:00+09:00</issued>
    <modified>2021-03-17T18:09:44+09:00</modified>
    <created>2021-03-17T17:55:50+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[『各界著名人が選んだ　写真展　私の好きな東京　'91』編集・発行　社団法人東京ファッション協会1991年9月発行<br />
泉長人（日本民間放送連盟顧問）「雑司ヶ谷　鬼子母神」<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202103/17/84/f0035084_17552823.jpeg" alt="_f0035084_17552823.jpeg" class="IMAGE_MID" height="672" width="500" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202103/17/84/f0035084_17554217.jpeg" alt="_f0035084_17554217.jpeg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center>]]></content>
  </entry>
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    <title>「北の国から '92巣立ち」ロケ地</title>
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    <issued>2002-01-01T02:15:00+09:00</issued>
    <modified>2021-02-08T23:12:14+09:00</modified>
    <created>2020-12-21T19:08:32+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_19172151.jpeg" alt="_f0035084_19172151.jpeg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="515" width="350" />＜・脚本内に「雑司が谷」無し・ドラマ内台詞に「雑司が谷」無し・ロケ地のみ＞<br />
<br />
<br />
フジテレビ　1992／5／22・5／23放送『北の国から'92巣立ち』<br />
<br />
<br />
脚本：倉本聰『定本 北の国から』　2002年　理論社<br />
<br />
<br />
＜P,725＞道（東京）<br />
　純、歩く。<br />
語り<br />
　「あれから一人でアパートを借り、二年間に二回仕事を変え、やっと東京にもドキドキしなくなった」<br />
〜〜略〜〜<br />
道（夕暮れ）<br />
　家に歩く純。<br />
語り<br />
　「ぼくの毎日は仕事をして帰る。ただ、その単調なくり返しだった。別にそれ以上面白くなかった」<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_19174074.jpeg" alt="_f0035084_19174074.jpeg" class="IMAGE_MID" height="389" width="500" /></center>『北の国から'92巣立ち』1992年5月放送　DVD(2003年 PCBC-50363)前編チャプター4　<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_20595359.jpeg" alt="_f0035084_20595359.jpeg" class="IMAGE_MID" height="278" width="500" /></center>2020/12/9　撮影<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_21001072.jpeg" alt="_f0035084_21001072.jpeg" class="IMAGE_MID" height="331" width="500" /></center>『北の国から'92巣立ち』1992年5月放送　DVD(2003年 PCBC-50363)前編チャプター4　<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_21002798.jpeg" alt="_f0035084_21002798.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>2020/12/9　撮影　（確定できず。新宿のビル群が迫って見えるのは望遠レンズの圧縮効果か。）<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_21004307.jpeg" alt="_f0035084_21004307.jpeg" class="IMAGE_MID" height="267" width="500" /></center>『北の国から'92巣立ち』1992年5月放送　DVD(2003年 PCBC-50363)前編チャプター4　<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_21011129.jpeg" alt="_f0035084_21011129.jpeg" class="IMAGE_MID" height="282" width="500" /></center>2020/12/9　撮影<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_21013333.jpeg" alt="_f0035084_21013333.jpeg" class="IMAGE_MID" height="304" width="500" /></center>『北の国から'92巣立ち』1992年5月放送　DVD(2003年 PCBC-50363)前編チャプター4　<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_21014842.jpeg" alt="_f0035084_21014842.jpeg" class="IMAGE_MID" height="286" width="500" /></center>2020/12/9　撮影<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/21/84/f0035084_21020308.jpeg" alt="_f0035084_21020308.jpeg" class="IMAGE_MID" height="358" width="500" /></center><br />
]]></content>
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    <title>『山本忠興傳』</title>
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    <issued>2002-01-01T02:10:00+09:00</issued>
    <modified>2020-10-08T18:34:57+09:00</modified>
    <created>2020-10-08T18:03:40+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/08/84/f0035084_18144587.jpg" alt="_f0035084_18144587.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="457" width="400" />山本忠興(やまもとただおき)　雑司ヶ谷霊園　1-14-13　電気工学者<br />
昭和26年(1951)04月21日(69歳)没　日本最初のテレビ研究者。 日本日曜学校協会会長。第九回オリンピック総監督。<br />
<br />
<br />
<br />
　～（略）～山本は或る特許権を某会社に譲渡した際、契約書の上で相当な額の金を保証されたので、その金の入ることを計算しての上で、新しい建築をはじめた。それが有名な電気の家である。<br />
　電気の家には、一九二二（大正十一）年から一九三二（昭和七）年まで住んだ。それは目白駅から、日本女子大学に行く途中の鬼子母神の近くにあつた。この辺一帯の土地は、もと岡部子爵邸のあつたところで、後に高田町のものになり分譲地として一般に売り出された時、長い間町の住民として奉仕して来た山本の陰徳が報いられて、七百坪の地所が格安に買えた。当時は茫茫たる草原であつた。今まで借家を渡り歩いて居た彼も、はじめて自分の家を建てて住むこととなつた。<br />
<br />
<br />
<br />
『山本忠興傳』1953年　山本忠興博士傳記刊行会（代表　矢野貫城）より<br />
<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/08/84/f0035084_18145319.jpg" alt="_f0035084_18145319.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="278" width="400" /><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
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]]></content>
  </entry>
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    <title>『地名俳句歳時記　二　関東』</title>
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    <modified>2020-10-08T18:14:12+09:00</modified>
    <created>2020-10-08T17:49:29+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/08/84/f0035084_18135984.jpg" alt="_f0035084_18135984.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="466" width="400" />「雑司ケ谷」<br />
夏　鬼子母尊現（あ）れしは青き谷戸のどこ　加倉井秋を　　おくれゆく雑司ヶ谷墓地みどり射す　山田みづえ<br />
秋　雑司ヶ谷雨の欅に鵙（もず）鳴けり　水原秋桜子<br />
冬　二の酉やいよいよ枯るる雑司ヶ谷　石田波郷<br />
<br />
<br />
『地名俳句歳時記　二　関東』<br />
監修／山本健吉　編／金子兜太・能村登四郎・野澤節子<br />
1986年　初版　中央公論社<br />
所収の「雑司ケ谷」全句　<br />
]]></content>
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    <title>「ロング・インタビュー　真島昌利」</title>
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    <created>2018-01-21T17:31:53+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201801/21/84/f0035084_17202406.jpg" alt="_f0035084_17202406.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="411" width="350" />『宝島』1992/8/24号宝島社<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201801/21/84/f0035084_17190407.jpg" alt="_f0035084_17190407.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
<br />
]]></content>
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    <title>「鬼子母神の老婆」清野とおる</title>
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    <modified>2018-01-21T17:46:58+09:00</modified>
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    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201801/21/84/f0035084_17203723.jpg" alt="_f0035084_17203723.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="496" width="350" />『清野とおるのデス散歩』所収2015/2月　白泉社<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201801/21/84/f0035084_17192291.jpg" alt="_f0035084_17192291.jpg" class="IMAGE_MID" height="533" width="400" /></center><br />
]]></content>
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    <title>「夏の日」　大木実</title>
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    <issued>2002-01-01T01:50:00+09:00</issued>
    <modified>2016-07-01T00:38:37+09:00</modified>
    <created>2015-03-22T22:36:30+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201503/25/84/f0035084_1351537.jpg" alt="_f0035084_1351537.jpg" class="IMAGE_MID" height="348" width="350" /></center>『詩集　夜半の声』　著／大木実　（昭和51年　限定500部　潮流社）所収<br />
「夏の日」<br />
<br />
　早稲田から王子へ、東京では市街を走る電車の殆どが、撤去され<br />
すがたを消してしまったのに、この路線だけはいまだに残されて、<br />
町裏を、家々のうしろを、走り続けていた。<br />
　早稲田から乗り、いちどここを通った覚えがあるが、そのときど<br />
こまで行ったのか、どこで降りたのか、記憶がないのはたいした用<br />
事ではなかったのだろう。遠い日のことだ。ひとり身の青年の日の<br />
ことだ。<br />
　きょう、私は鬼子母神前の停留所に立って、僅かのひとを乗せ眼<br />
の前を過ぎていく電車を眺めていた。白絣を着た私も乗っていた。<br />
一枚の切符を握りしめて外を眺めている、三十年前の若い私が――。]]></content>
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    <title>『吉田一穂詩集』年譜</title>
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    <issued>2002-01-01T01:45:00+09:00</issued>
    <modified>2025-10-30T17:42:09+09:00</modified>
    <created>2013-02-02T01:38:29+09:00</created>
    <author><name>ouraiza</name></author>
    <dc:subject>ﾒﾓ/雑司が谷の本</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[『吉田一穂詩集』加藤郁乎編　2004　岩波文庫<br />
年譜<br />
一九七三（昭和四十八）年<br />
一月十二日、東京都豊島区雑司ヶ谷の鬼子母神病院に入院。三月一日、午後三時二十三分、同病院にて心不全のため永眠。享年七十四歳。同月三日、三鷹市下連雀の禅林寺で告別式が執り行われる。（後略）<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/30/84/f0035084_17420677.jpeg" alt="_f0035084_17420677.jpeg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><br />
<br />
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