硬いくぎ    せと    
7月28日月曜日。
 昼過ぎから営業はせず内勤。
 先日、コンクリートに打てる釘はないものか、とオンラインで探し、炭素鋼という硬い素材でコンクリートやセメント用と謳われていた釘を買った。往来座編集室にとって特殊な意義のある映画「砂の器」の縦型ポスターを天井近くに固定するためにその釘を使う。コンクリートに釘を打つという初体験に怯えたが、打ち方に少しこつがいる気がしつつ、コンクリート釘はほんとうにコンクリートに刺さった。番台の上にはずっと「砂の器」のあの会議のシーンがあることになった。
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 先日お預かりしてきた店奥を封鎖している山脈の査定、仕分けを夜までずっと。3分の2が終わった。

 冒頭の一行を読んで痺れて以降ページを進める機会を待っていた山本周五郎『さぶ』を読み始めた。「小雨が靄(もや)のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。」何度でも声に出したくなる。

7月29日火曜日。
 休み。夕方少し出勤してわざわざ店まできてくれた組合支部役員のT書房タケちゃんと小会議。労をねぎらいたくて数軒となりのビアパブで奢らせてくれと店前まで行ったが休み。早く帰りたかったであろうタケちゃんはちょっとほっとした様子だった。
 ウェブ発注の対応と番台上滞留物の値段つけ。

 映画「太陽を盗んだ男」(1979 長谷川和彦監督)を学生時代にいいかげんに流し観て以降、初めてちゃんと観た。創作の放熱。とても面白かった。

7月30日水曜日。
 休み。
 講談社文芸文庫、木山捷平『酔いざめ日記』の「雑司が谷(他表記もあり)」と「池袋」の記述のある箇所を抜き出してカテゴリ「メモ/雑司が谷の本」に追加する。

 夕方用事があって店からドアtoドアで長めに見積もって約45分(店→歩15分→駅→待7分・乗15分→駅→歩7分→実家)の実家に行く。父親の故郷長野県への納骨が終わってから不思議と「ふるさととふるさとじゃない場所ってなに?」という課題が湧いていて、初めてここが故郷なのかと意識しながら板橋区若木の実家に行く。なんというか、毎日アスファルトを剥がしたり敷いたりを繰り返している地面でチェーン店の支店が個人店を駆逐するがそれも長くは続かず再開発の再に際限のない風景の、戦後に上京した働き手たちがスナックのドアの隙間から濡れたカラオケを漏らすベッドタウンである町に、どうにも故郷という感じが持てないでいることが不思議なのだった。そんな世代の東京私鉄沿線キッズたちに故郷はあるのか。遠きになくて思わないものそして悲しく何する? 実家内の日常の通路でもあった父が仕事をしていたアトリエの木の床を踏み、少し、これか、とも思った。
 帰路、活力の減退を感じるのでギュービッグさんで焼肉を食べた。ビールジョッキには「肉を食ってりゃ間違いない!」とプリントしてあった。

7月31日木曜日。
 前業から開店して諸事を挟んでずっと漫画の山脈の査定、仕分け。
 研究と収集と保存が全て綿密になされたタイプの御蔵書で、重要な要素が様々に散らばっているので全てを丁寧に把握しながらではないと流れが分かれてしまい、いつもとは違う神経を使う。様々なビタミンが錠剤、粉薬、液薬として分散していて、今後の商品化のためにビタミンCはC、ビタミンAはAとしっかりまとめておきたいのだが、そのためには錠剤、粉薬、液薬などすべての形態の成分表を確認せねばならない。このビタミンが他の形態にあったかどうか記憶と勘に頼りながら縛っている紐を解いていく。古本屋の仕事の楽しい一面だが、量がすごいので途方に暮れつつ。

 夜、映画「犬神家の一族」(1976 市川崑監督)を初めて観た。スケキヨって「佐清」だったのか‥‥。「佐」が「すけ」であるのはドラマ「鎌倉殿の13人」で学んだ(源頼朝=右兵衛権佐[うひょうえごんのすけ]=すけどの)。とすると猿飛佐助は「さるとびスケスケ」はないか!

8月1日金曜日。
 前業で昨日仕分けした漫画の市場への出品準備。開店して諸事。
 縛った束を車に載せ、だんだん空間が広がってきた封鎖している店奥を整理。まだ残っている大山をうまく逃がす場所を見つけられず目標だった封鎖開放はできず。

8月2日土曜日。
 前業前に「砂の器」をスキップしながら主要箇所をチェック。ちら観だが泣く。重要なことがわかった。
 前業でなにもせず、開店して諸事。

 なんでだろう、間食をしないようにしているのに、ピーナッツに手が伸びてしまう。ボリボリしながらため息をつく。多分空腹なのではなく空胸なのだ。ばかめ、また柿ピーの小袋を開けピーだけをつまみ柿の種だけを残した小袋の口をテープで閉じていやがる。

 夕方、昨日車に積んだ大山を市場へ出品に行く。成果がありますようにと祈りつつ並べ。初めて古書会館でダンボール箱を購入。立石書店一郎さんにご挨拶しようと地下の催事場へ行き所在をお尋ねすると、「え、一郎さんは参加してないよ」と帳場のかたが教えてくださった。そこで、あ、この催事はすごいお店のかたがたが特別に多数参加なさっている「中央線はしからはしまで古本フェスタ」だ!と気付き、意図せず歩いていたらアイドルとすれ違ったようでなんとなくはしゃいだ気分になる。

 夜、最近インディーズバンドのライブにはまっているムトさんと手帳編集部Iさんが店に帰還し「オフィスカジュアルズ」と胴に書かれた真っ赤な100円ライターをお土産にくださった。
 『さぶ』に「奉行所」がでてきたので今度から区役所のことを奉行所と呼ぼう、と計画したところでそういうのはすぐに忘れる。

8月3日日曜日。
 前業でなにもせず。開店して諸事。
 雑貨類を置いている棚に、昭和初期から長く商店だったお宅から仕入れさせていただいた古い温度計があったので、試みに外の特価本スタンドの日が当たっている段に立てかけておいて推移を見ていたらゆっくり赤い線が上昇して40度を超えた。それをじっと見ているこちらもなんだかくらくらしてきたので切り上げた。
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 夜、友人のRさんが立ち寄ってくださり、ちょうどいいところで帰りたいだろうに店的偶然の重なりによって引き止めてしまういつものかたちとなる。さらなる偶然で、Rさんがふと目にした本の背表紙から始まった話題が紆余曲折を経つつぼくから関連としてAさんの名前が出て数分後にそのAさんが店のドアから入ってくるなど、渡世上のいきがかりが予報されずに降ってくる、まるで店の夜のような夜だった。

by ouraiza | 2025-08-04 23:28 | 工作 | Comments(0)
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