ボビン    せと
7月20日月曜日。
 父の告別式。ウイルス蔓延防止の流れで都内の親族と数人の友人たちが集う小さな会となる。曹洞宗のお経。うすうすそうなのかな、と感じてはいながら億劫で追求していなかったが、葬儀社さんとの打ち合わせで、父が生家近くのお寺の”檀家”であることがはっきり分かった。世事に長けた叔父になんとなく聞き、お香典文化も檀家制度も、つまりそういうものはそういうものだ、と学ぶ。発病以来仕事の面にほとんど意識を向けず、所属する団体とも没交渉だった父だが、作家仲間が数人来てくださったりして意外だった。
 療養中の父に、もっとリハビリを頑張ればいいのに、と思っていた時期があったし、それも間違いではなかったかもしれない。しかし、70歳で突然半身麻痺、高次脳機能障害になり、復活に向かう意欲が沸くか沸かないか、底知れぬ難題だと思う。本人に尋ねることはできなかった。今後もずっと空に尋ね続けることになるだろう。

 区立の小さな葬儀場から隣の大きな葬儀場へ移動して火葬。
 係員さんが骨をざらざらと混ぜているとき、明らかに人体から出てくるはずのないギアのような物体がころっと転がり出た。あれっと係員さんが確認すると、もう一つが骨にくっついてあった。工作が好きだったからいつか金具を間違って飲み込んだりしたのが残っていたのだろうか、と思ったが、係員さんによると、大きな手術をしたことのある人からこの金具が出てくることがある、とのことで思い当たった。確かに5年半前の1月7日に父は脳出血で手術を受けたのだった。
 となりにいたムトさんが「ボビンみたい」と言った。ギアが2枚中央の筒でつながれたミシンの裁縫用具。まさにそれだと思った。ください、とお願いしてハンカチに包んでポケットにしまった。
 
 今後のことを憂慮して兄が5分ごとに深々とため息をつく。

 式が終わって実家に帰ると葬儀社さんが簡易的な仏壇を設置なさっていて、仏壇になる机の脚の折りたたみシステムが非常に簡素でよくできていて驚く。うまく説明はできない。葬送にまつわる職業のバラエティにずっと驚いている。
 お香典とお香典返し(当然従うべき自然に則った掟、であるのかもしれないが、やはりどうしても微妙に悪習だと思う。「クッキーだ」「3000円のカタログギフトだ」「道場六三郎のみそ汁セットだ」「以前は半額返しが基本でしたが最近は3分の1か4分の1」とか、葬儀社さんが用意した分厚いパンフレットをクタクタな心身で眺める虚しく滑稽な展開にならないためには事前にオリジナル返礼を計画しておくのが良策だと思うが現実では難しいことだろう。)の計算や今後の段取りをして解散。

 夜、雑司ヶ谷に戻る。
 深夜、YOUTUBEにてカジサックとナインティナイン矢部さんの対談を観る。返答の一言目で相手の質問の要点を否定しない、一旦飲み込みながら引き出したり出されたりする双方の会話の巧みさが気持ち良く、とっても面白い。

7月21日火曜日。
 昼から父の銀行関連の諸事。挨拶、計算、振込み。公的機関へのしなければならない手続きリストをひとまず放擲。
 京成線で帰宅する母を日暮里まで車で送る。

 帰宅して買い物へ行く道中の雑司ヶ谷霊園で、スマホのカメラを構えると必ず飛び去ってしまい今まで一度も撮影をさせてくれなかったカラスが、なぜかまったく逃げず、写真を撮らせてくれた。

7月22日水曜日。
 共同通信、信濃毎日新聞さんから訃報の確認など。
 区役所にて印鑑証明をもらう。

 久しぶりに店で番。店前、明治通り歩道に、道の先での工事を案内する看板と誘導員のお兄さんが立っていたのだが、そのお兄さんが俳優の伊藤淳史さんにそっくりで典型的なその役柄のように和やかで優しくて、なんだか可笑しい。

 窓の外側に停泊していたハエを内側からデコピンしたら飛び立った。

 店前のバス停を利用なさっていてほとんどの平日にお見かけしていた、かわいい制服を来た幼稚園のお孫さんとそのお迎えをしていたおじいちゃん。今日はおじいちゃんだけご来店くださった。あれ、とお尋ねすると、お孫さんが無事に私立の小学校の試験に受かり、送迎が必要なくなったとのこと。健康維持にちょうどよかったんだけどね、と。3丁目の模様が一つ変わる。

 茶髪でロングヘアーだったお客様が急にツルツルの丸坊主になっていらっしゃり驚く。

 夜、知人Hさんと升三にて作戦会議。会の深度7.5の辺りでHさんが注文する塩辛orエイヒレが渋美味い。

7月23日木曜日。
 実家に帰ると強い雨が続いていたので雨漏りで玄関がびしょ濡れになっている。あわてて掃除して父の簡易仏壇に線香をあげにきてくださる方の対応2件。お一人は鹿児島から。
 
 経験のある方に、親族が落ち着きを取り戻せるのはいつぐらいでしょうと尋ねると、一周忌が終わるくらいじゃない?とのことだった。

 夜、成瀬巳喜男監督「浮雲」を観る。目白の今で言うフランク・ロイド・ライトの小径(or小路or小道)を、森雅之と高峰秀子が歩いているシーンがありびっくり。1955年の映画。後日ノムから森雅之は有島武郎の長男であると聞きまたびっくり。wiki軽検索によると有島武郎は学習院中等科に通っているがまだ校舎は目白にはない頃。映画自体は熟れすぎたメロンの汁が二の腕に垂れたのを放っておくような悲恋ドラマで苦手ではあった。

 左下の奥歯が痛く、口内炎だと自己診断しビタミンCを多量摂取。

7月24日金曜日。
 午後、ご近所様へ出張買取り。時局を鑑み、長時間の梱包作業は避けるべきと思い、お客様に事前に本をダンボール箱に入れておいてくださるようにお願いしていた。玄関先の廊下にお伺いすると、台車の上にちょうど一個乗るぐらいの巨大サイズの箱に本が詰め込まれていて、一人では持ち上げられなかった。しかしどうしてこうなったのかよく理解できる。とりあえず不要な本をすぐに入れられるように箱の口を開けて置いておく、そこに段々本を入れて行く。いつか満杯になる。満杯になったら1人の人間では移動できない箱に成長している。しかし当然片付けが進行することが大事。さて次の箱を準備する。合理的な流れ。
 お客様に手伝っていただき台車に乗せ、車には一旦半分を外に出してから積み込んだ。

 板橋の郵便局本局にて不在時配達物の受け取り。

 左の奥歯の痛みが増している。

7月25日土曜日。
 奥歯の痛みで目覚め、この痛みは「親知らず」だ、と確信する。初体験だがそうとしか思えない。父親が逝去して約1週間で親知らずを発症するというシナリオが恥ずかしい。

 長期休業からの再開店以降の週末はお持ち込みの買取りが多く、その処置を優先するのでまとまった流れのある戦力であるところの大山の切り崩しには至らない。1番と2番バッターでランナーを進めるがクリーンアップの打順がスルーされまたコツコツとスクイズでなんとか加点を試みる。地味ではあるが基礎を問われる大事な試合。

 夕方から、高校から大学初期にかけての唯一の濃い友人、税理士Yに相続についての相談にのってもらう。1994年前後のほとんどの深夜、東武練馬の場末のビリヤード場で2人で気怠く缶ビールを飲んでいたのと同じ領域で、公的制度について教えてもらえてとても助かる。ぼくたちが何も知らないことをよく知ってくれているのでとてもラク。普段飲めないはずの兄が田酒という日本酒に何度も手を伸ばし、途中で突っ伏して寝始めた。

7月26日日曜日。
 もう何日連続だろう、雨ガードシフトで開店。歯茎の腫れで上下の歯を合わせられず口を半開きにしたまま、痛みで汗が出て目まい。日曜日に営業している歯科を探して受診。典型的な親知らずだが、抜くのはとても大仕事になってしまう状態なので、化膿止めと痛み止めでなあなあに対処していく戦略をとることになった。奥歯が外に出ようとして動くので痛い、と思っていたのだが、疲れで免疫が落ちたところに菌が入ったことによる腫れ、なのだそうだ。非常に疲れた後に出る症状にひとつレパートリーが増えたのだった。

 深夜、処方されたロキソニンでやっと痛みが和らぎ、恐る恐る腫れ上がった左の奥歯へ舌先を伸ばし、触覚で患部を確認しようとした。ひりひりと痛みが走ったが、奥歯と歯茎の間になにか異物が挟まっているのを舌先が感じた。なんだろう、と幾度か無理に舌をねじ曲げて触ってみた。ギザギザしている円形の小さなもの。これはあの、父の遺骨に混じっていたボビンだ。

ボビン    せと_f0035084_19230867.jpeg


by ouraiza | 2020-07-27 15:27 | Comments(0)
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