「夏の日」 大木実
「夏の日」 大木実_f0035084_1351537.jpg
『詩集 夜半の声』 著/大木実 (昭和51年 限定500部 潮流社)所収
「夏の日」

 早稲田から王子へ、東京では市街を走る電車の殆どが、撤去され
すがたを消してしまったのに、この路線だけはいまだに残されて、
町裏を、家々のうしろを、走り続けていた。
 早稲田から乗り、いちどここを通った覚えがあるが、そのときど
こまで行ったのか、どこで降りたのか、記憶がないのはたいした用
事ではなかったのだろう。遠い日のことだ。ひとり身の青年の日の
ことだ。
 きょう、私は鬼子母神前の停留所に立って、僅かのひとを乗せ眼
の前を過ぎていく電車を眺めていた。白絣を着た私も乗っていた。
一枚の切符を握りしめて外を眺めている、三十年前の若い私が――。

by ouraiza | 2002-01-01 01:50 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)
<< 「鬼子母神の老婆」清野とおる 『吉田一穂詩集』年譜 >>