昨晩のこと。帰り道で大事な買い物を思い出し方向転換、雑司ヶ谷霊園を横切った。
いつもはあまり通らない小路で、ベンチが置いてある。自転車でベンチ前を通過するとき、あ、ベンチがあるんだっけ、と、ただ通り過ぎるよりはベンチに気をつけていたからだろう、夜闇の中、へんなものが視界の端に入った気がした。そしてそれを裏付ける匂いが漂ってもいた。生の海の香り。
すぐ自転車を停め、近付いて確認した。たこだ。ぴんと足を伸ばされ、まるでベンチの形に合わせて敷かれたような、平べったい、たこだ。
その時点での画像もあるのだが、往来座通信倫理委員会の判定はグロテスクゆえの掲載不可。
さっきまで降っていた小雨が土と木々を濡らし、いかにも蚊が嬉々として舞い狂いそうな蒸れた空気に満ちた真夏の、霊園の、一人がけが三つ平行に並んだうちの真ん中のベンチの上の、死んだたこ。
さてコンビニで買い物を終え、たこを最後にひと目見ておこうとまた戻った。さっきたこのもとを離れてから15分も経っていないくらいだ。
ああ、これで期待通りなのかもしれない。この不条理劇の演出家にぼくはまんまとのせられている。
たこはいなかった。いや、たこの死骸は、無かった。やっぱり、という気持ちが小さくある。
ベンチに残ったたこ型の黒いシルエット。空気にはしつこく匂いが混じっていた。まわりの草むらをよくよく探すのは、もしそこにたこが落ちていたとしてもなんだか困るので、止した。
『短篇集』(『中央公論』昭和8年前後 創作欄合本 自家製本)
3150円 販売中
収録作品
「鴨長明」佐藤春夫・「樹齢」水上瀧太郎・「本郷村善九郎」江馬修・「大阪の話」藤澤恒夫・「春琴抄」谷崎潤一郎・「支持者」藤澤恒夫・「荊棘の冠」里見弴・「戯曲 U新聞年代記」上司小剣・「福澤諭吉」小島政二郎・「標本」藤澤恒夫・「父母の骨」上司小剣・「小鬼の唄」野上彌生子・「横浜開港譚 中居屋重兵衛」村松梢風・「涙の踊」上司小剣・「ひかげの花」永井荷風・「二少年の話」佐藤春夫・「世紀病」藤澤恒夫・「父親」下村千秋・「色ざんげ」宇野千代・「神戸異変」長谷川伸・「戯曲 浪人時代」岡本綺堂・「お夏清十郎」眞山青果
全作品の冒頭にある、雑誌の初出時以降単行本化されたときには掲載されないであろうふんわりしたカットが楽しい。画家不詳。
新聞記事のスクラップなど、ほんと、パソコンや携帯やパソコン(イメージ不足)が無い時の人は、手や腕を動かし(この商品の場合は、多分製本屋さんが合本製本している)、独自の編集作業をおこなって、その物量で空間を埋め、データをセーブしている。この商品も、調べると当然この年代の『中央公論』にはたくさんの創作があるのに、なぜ収録作品がこれらなのか。世界に一冊しか無いのだ。古本屋の楽しさの一つ。
