2011/9/25 みみふん うすだ
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『反少女の灰皿』 矢川澄子/著 S.56 新潮社 初版 帯 函 4800円



酒呑みの自己弁護

山口瞳の本に「酒呑みの自己弁護」、という本がある。酒を呑むわたしは何度となく手にとり開くのだが、結局読んだことはなく、今でもなにが書いてあるのか知らない。おなじようなことを、上林暁「禁酒宣言」、でも、繰り返したことがあるが、こちらは手に取らなくなった。
タイトルだけで言えば、「酒に呑まれた頭」(吉田健一)も折にふれ思い出すのだが、つまるところどの作品も、読んではいない。
酒を呑んだ。そんな日、嬉しいことがあると、目に見えるように心が弾む。それがつづくと、いつの間にかすこし地面から浮いている。しかし、そういうことは、そう多くもない。浮かれてばかりもいられない。日々の押して返す時間と時間と用事と用事と仕事と仕事とすこしのプライヴェート。そういうものの合間に、酒は、酒でしか繋がれない時間を呼ぶ。忙しくても忙しくなくても酒は呑む。お酒、呑めるようになってよかったなぁ、なんて、やわなこともたまに思う。かといえ、ぶっこわれたバネ人形みたいだ、と、言われたりもする。いいことばかりではない。酔いきってしまい、起きたらバスタブの中で、風呂場が海になっていたこともある。酩酊、帰宅し、そこに至るまでの無様な顛末にしこたま怒られ泣いたこともある。なのに、酒でしか繋がらない時間てのがある、辛いも楽しいも、まあいろいろの、それを憎みきることは出来ないわねぇ、なんてひとつ腰をくねらせる。と、思ったのだが、そもそも、そんなこと今はじめて考えた。憎み憎まれ、ああ、人情というのか、だとして、てものの持ち合わせもあるのか怪しくもある。昨日、十返肇について、多岐祐介さんのトークライブを聞いた帰り、思う。
十返肇は、もともと下戸だったが、千鶴子夫人という伴侶をきっかけに、酒を呑む、呑む、呑む。作家についてゆき、帰らず、呑む。だった、そうだ。それがのちの十返肇の作品にも影響している。
今は、十返肇、ならびに、千鶴子夫人の作品を読みたくて仕方がない。酒も呑みたい。

Kenny's Bar(池袋)



Nikaido Kazumi shuts up the crowd at El Rio, SF

今年8月の、タラ・ジェイン・オニール&二階堂和美のUS TOURでの映像。
曲は、「萌芽恋唄」。鳥肌がたつ。
sweetdreamspressさんのHPで、TOUR記が読めますよ。タラ・ジェイン・オニール&二階堂和美のUSツアー2011、無事に終了しました。


おまけ
タラ・ジェイン・オニールが、二カさんと一緒に、サザエさん、を唄う。
タラちゃん、て。ふふふ

ちゃちゃちゃちゃちゃー ちゃーっちゃん!


うすだ
by ouraiza | 2011-09-25 23:59 | みみずのふん(終了) | Comments(0)
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