昭和5年(この年に誕生、野坂昭如、開高建、武満徹、梶山季之、竹中労、マックィーン、イーストウッドなどなど)、約80年前、英一さんが後輩忠三君に贈った本。「もっとも愛していた…‥否いる本の三、四冊、イイエ二三冊、イイヤ一、二冊、否、々、一冊の内の一冊、一冊である一冊、言ひかへると一番愛している本の、その一番目の本」。書き込みがおもしろく全文引用しました。読めない字もあり(●)。キー操作わからず一部旧字体が新字体になっています。
『大川端』小山内薫 昭和2年初版 春陽堂 函欠 4頁分補修大あり 前後見返し他に長文書き込みあり 2000円 販売中!!!! <前見返し書込> 昭和五年五月十七日 先生の小説を 英一 より おくる 忠三君へ <奥付裏頁書込> 可成りの年代、月日を経て、現在に至った、日本特有の芸妓と言ふ不思議な制度!変な美の世界!はかり知れざる世界!伝統そのものの世界!特殊な世界!明治の大業は成立した。文明開化‥‥明治大正とスピートをもって進む。此処に始めて生れた日本に初めて生れて育った、インテリゲンチヤ!此処に舞台は、その第一幕を開かんとしている‥‥。YES!若者が芸者を恋ひすれば‥‥とでも名づけたい程であるところの小山内先生の、自ジョ伝は今忠三君の前に大一場を展開せんとしつつあります。 何かよい歌を……‥と思って居るので発送がおくれてしやうがない。吉井勇氏の歌でも……探したが、見当らぬ。 グヅグヅしていたら、君から今日葉書‥‥名古屋●のそれは、大川端をよんだ…‥とのしらせ——残念だった!何故?何故なれば君は、明治大正文学全集でよんだんぢゃないのか?それだったら悲しい。私は此の美しい大川端を………。と思っていたのだ。第一印象をよくしてよませたかった———。 気分が違ふからねえ……。残念だなア———。 私は初恋が、自分に、悲みを興へ、寂しさを増させたりする時 した時…‥今から、一昔以前、十年前私は、夜半の大川端を涙を流しつつ、しかもそれを少しもふかずに夢遊病者の如く歩いた‥‥…小山内先生が小説「大川端」の最後の一行の言葉の如く、●に足を先へ先へ運んだ。 柳●しの船頭がチヨキをこいで、川と、をかとですれちがった。川波が、こまかくふるへる。石垣にざぶざぶと波が洗ふ様によせるとき、川は満ちて、ヒタヒタと、石になくとき、中●の待合の灯がきえて‥…小山内先生は‥…私は恋人を忘れ人と酔ひしれて隅田川を●らめつつ、泣きもせぬのに出る涙を、ヒステリカルに笑ひつつ、自らを嘲いつつ……………‥大川端———浜町——— しかしそれもみんな夢———先生も恋人も死にました。 英 <後見返し書込> 私は此の本を私の持っている本の中で‥‥君も知っているあの桜木町の家の二階にのさばり返っているあの本の内で、もっとも愛していた…‥否いる本の三、四冊、イイエ二三冊、イイヤ一、二冊、否、々、一冊の内の一冊、一冊である一冊、言ひかへると一番愛している本の、その一番目の本、といふ事になる。私は此の本を君に、おくる事を、何故此んなにおそくなって思ひ出したか?何故もっと早く気がつかなかったか? 此れは今も、私をして考へさせる、大きなギモンだ‥‥。実に不思議だ。もっとも早く気づくべきことを、もっともおそく‥‥。しかし私は思ひ出した。此の本を‥‥私の一番尊敬している‥‥いたではない。いる…です。此の考へは永久に変るまい。否、年をへるに従って、一層深くあつくなるであろう…。日本の唯一の人、噫!先生は何故死んだのです?……私の世界中で一番エライと信じている小山内先生の作を、私の一番信じ愛し、尊敬し、そして頼っている年少の友(私には年少の友は君一人のみ)中込忠三へおくり、そしてその忠三君の恋愛に対して、私の先生の創作‥‥(ほとんど自ジヨ伝)が如何なる影響を与えるか?私には自分の経験かへり見て、ほじ●のし得●る●…………。そして私は喜ぶのです‥‥…ああよかった、まにあって‥‥と。君と約束しつつも此の本を送ることは、意外にもおくれた。それは私が此の本を愛していたからです。 此の本の装幀は清水三重三氏です。此の外箱と言ひ、本の装幀と言ひ見返し、表題のバ●ト●エナー(ライトレッドの—)に大川端のそ●の●●、口絵さし絵……実によく此の作意をのみ込んで生かしています。江戸人士がつくり、江戸人士が描き、江戸人士がよむ此の本‥‥。 ソウメイな忠三君にはよくこの文章、大川端の文字に、そしてその文字の裏にひそんで、重大なものを此の小説によむには重大な「必要」を「必要」である『もの』うらにひそむを、読むに前に感得されて、しかるのち、よまれることを望む。 それは、その当時の役者の生活、内容、及び対芸者、対客、対社会人等の関係、それらの人の実生活、東京の花柳界のフンイキ(此れは実に重要)をよく感じ得られてのちよまれる様私は希望する。併し芸者の心理状態は不変永久不変である。日本国中ならばいかなる土地でも、年代を問はず不変なり。
by ouraiza
| 2011-07-26 23:59
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