『マッケレブ宣教師著作集①』
『マッケレブ宣教師著作集① (「道しるべ」シリーズ)』
1998コピー版 2006現代語版 2010改訂版
繁國良明/個人発行 128頁 A5判冊子

「それから十五年間築地に居りましたので三人の子供は皆東京で生まれました。しかし、だんだん子供が育ってきましても、当時は西洋人の子供のための学校が足りませんでしたから、十五年目の終わりに子供と妻とを帰国させることに致しました。それと同時に築地の地所を売り払って、新しく雑司が谷に引越し、それから、現在まで一人で住んで居ります。」
「A 自叙伝 1 自らを語る (「道しるべ」1929昭和4年11月号より)」より 

巻末「年表」より抜粋
1861(文久1)テネシー州に生誕
1892(明治25 31歳) 4月宣教師隊の一員として横浜に上陸 築地の外国人居留地に居住 小石川で最初の礼拝 5月四谷に移転 神田・鮫が谷スラムにて慈善学校 7月築地に戻る
1893(明治26 32歳) 神田に教会堂を建てる
1895(明治28 34歳) 神田に建物購入
1896(明治29 35歳) 小石川に上富坂教会会堂建築
1899(明治32 38歳) 8月一時帰国
1901(明治34 40歳) 8月日本に戻る
1902(明治35 41歳) 神田の住宅を小石川区茗荷谷に曵き家、マッケレブ宣教師館 小石川に借家、東京バイブル・スクール
1904(明治37 43歳) 東京バイブルスクール閉鎖
1906(明治39 45歳) 雑司が谷に土地購入 6月家族を寄稿させる
1907(明治40 46歳) 9月雑司が谷学院完成 10月雑司が谷学院開設
1909(明治42 48歳) 2月雑司が谷チャペル完成
1919(大正8 58歳) 4月二回目の一時帰国
1920(大正9 59歳) 12月日本に戻る
1923(大正12 62歳) 関東大震災 雑司が谷学院の一部破損 資金難で再建不能
1929(昭和4 68歳) 三回目の一時帰国 1月から11月まで世界一周旅行 日本に戻る
1930(昭和5 69歳) 雑司が谷1-24から曵き家 現在の場所に移動
1936(昭和11 75歳) 4回目の帰国 白内障手術
1937(昭和12 76歳) 年末日本に戻る
1941(昭和16 80歳) 2月米国大使館より在日米国人全員に帰国命令 10月横浜から帰国 ロサンゼルスに居住
1942(昭和17 81歳)ロサンゼルスにて再婚
1946以降(昭和21〜 85歳〜) 療養生活のうちに詩作約400編
1953(昭和28 92歳) 11月召天
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by ouraiza | 2002-01-01 01:25 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)
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