「おもい」の本    せと
「おもい」の本    せと_f0035084_23253896.jpg 荻原魚雷さんの最新刊『活字と自活』(本の雑誌社 2010/7)を読んだ。生活の中で出会い、折々に触れてきた本の数々が、独特の、さみしい夜の友達との少し長い電話のような、近しい文章で紹介されている。行を追うことがくせになり、伴走している期間がうきうきとする本だった。バラエティブックのような構成も、愉しさを助長してくれる。

 むかし梅棹忠夫の『文明の生態史観』を読んだとき、「かんがえる」という表記に衝撃を受けたことがある。「考える」ではなく「かんがえる」こと。それがまさにその内容に則した表現にも思え、印象深かった。
 『活字と自活』で、「思う」ではなく必ず「おもう」と魚雷さんは表記している。それが貫かれている。ここでの「おもい」は、軽いわけでなく重いわけでなく、体重を強要せずにそこにちょうどよい着地で届けられる。おもいを受け取る側は、硬い壁であることも、トランポリンであることもできる。そういう「おもい」なのだな、と思った。
 
 読書することは、読書する時間を持つことだ。それは別の可能性のある時間を削って、取り組むことに違いない。布団に入りながら寝る前に。通勤電車で。トイレで。テーブルに座り茶をいれて。
 刊行されたすぐ後の記念の会が高円寺の居酒屋ペリカン時代で開かれ、ぼくも少しだけお邪魔した。ペリカン時代では『活字と自活』内でたくさん使われている藤井豊さんの写真展も同時に開催されていて、とても印象深い一枚の写真を観た。魚雷さんがサンダルばきで、公園だろうか、ピッチングマウンドの上で全力で投球なさっている、その躍動の真っ最中を切り取った一枚。撮影なされた状況も教えていただいたがうろ覚え。多分、10年ぐらい前、仲間と酒を飲みあかした明け方散歩に出、立ち寄った公園での一幕、とお聞きした気がする。
 ともかく、なにか、頭の中のイメージにすぎないが、読書という時間を持っている魚雷さんと明け方の公園で全力投球している魚雷さんが、ぴったりと合体したのだ。ボールを思いっきり友人に向けて、やけかもしれず、投げている魚雷さん。読書中の、『活字と自活』の中の魚雷さん。とてもよく似ている、いや同じだ、と思った。

 魚雷さん(「文壇高円寺」という屋号で外市に出品してくださっている)と編集の宮里さんが外市にご来店、ちょうどそんな話題をなさっていらしたのだろう、その横に偶然ぼくがいて、魚雷さんがふっと声をかけてくださり、ぼくの版画を一部のカットとして使っていただく光栄を得ました。重々、誠にありがとうございました。うれしくて予定より多く提出し、未掲載のものを下にひとつ。信号はあかですかあおですか。


「おもい」の本    せと_f0035084_239771.jpg



「おもい」の本    せと_f0035084_2326936.jpg『活字と自活』で紹介されているものが少しだけ店にあった。

『オサムとタエ』村野守美 昭和55年初版
日本文芸社 500円 販売中!!!

「おもい」の本    せと_f0035084_23262781.jpg『長編小説 芥川龍之介』小島政二郎 昭和52年初版
読売新聞社 520円 販売中!!!!

(『活字と自活』では講談社文芸文庫版)
「おもい」の本    せと_f0035084_1241837.jpg『若い荒地』田村隆一 平成19年初版 講談社文芸文庫
780円 販売中!!!!
売切れ

by ouraiza | 2010-10-29 23:08 | Comments(0)
<< 2010/10/30    ... 2010/10/28    せと >>