
都電鬼子母神前停留所と雑司ヶ谷停留所の間、線路沿いに、水車が爽快に周っている区画ができた。なんであるのかはわからないが、そばにたたずむと、いかにも涼しげで気持ち良い。一切身におぼえが無いのに懐かしいような気持ちになるのが不思議。端には水田のような、稲のようなものが植わっている。通りがかって立ち止まり眺めていたおばあさんと、なんでしょうね、と首をかしげた。
せと
『CMにチャンネルをあわせた日 杉山登志の時代』馬場啓一・石岡瑛子編
昭和57年 5刷 パルコ出版 カバー 帯
5250円
『僕のDJグラフィティ』糸居五郎
昭和60年 初版 第三文明社 カバー
2000円 売切
『THE POP CULTURE MAG 宝島』1981/12
(ロング・インタヴュー
30年のDJ生活、戦後のポップス史、ダンディズムを語る
糸居五郎「ミスター・ディ・ジェイ」)
700円
販売中!!!
『CMにチャンネルをあわせた日』内、田原総一朗「七三年十二月十三日何かが死んだ」より孫引き
朝日新聞記事(七三・十二・二六)
「一人の男が、自ら命をたった。広告の世界、とりわけテレビCF(コマーシャル・フィルム)の世界で『鬼才』といわれた人だった。
杉山登志という。
三十七歳だった。今月十三日の夕方、東京、赤坂のマンションの自室で、死体となってみつかった。
机の上に、原稿用紙が一枚、さりげなく置いてあった。
リッチでないのに
リッチな世界などわかりません
ハッピーでないのに
ハッピーな世界などえがけません
『夢』がないのに
『夢』をうることなどは……とても
嘘をついてもばれるものです
日大芸術学部時代の学生時代から、この世界に入り、日本天然色映画会社のディレクターとして、十三、四年もCFを作りつづけてきた。発想のうえで、技法のうえで、いつも、ずば抜けていた、といわれる」