「父の墓」 八木義徳
f0035084_21161083.jpg『男の居場所』八木義徳 昭和53年初版 北海道新聞社 所収

初出「北海道新聞」昭和51・9・29

「父の墓」冒頭部分
 いま借りている仕事部屋から雑司ヶ谷墓地が近いので、よく散歩に出かける。
(中略)
 待合所の前に出された看板の標示にしたがって、これらの墓の一つ一つを、足にまかせて訪ね歩くのはとてもたのしい。
ところで、これはやはり人気というものだろうか、漱石や夢二の墓には、いつ訪ねても花が供えられている。下戸で酒は一滴も飲めなかったという生前の漱石を知らないのか、時には、かんビールやワンカップの日本酒などが供えられていることもある。
 また、いつかは夢二の墓の前にビニールに包んだおはぎが五個ほど供えられていたこともある。これはおそらく夢二ファンの女性の供物だろう。
 それにしても、墓というものはつくづく不思議なものだと、いつもここへくるたびに思う。墓はあきらかにその人間の”死”の標識でありながら、その前に立つと、逆にその人間の“生”の全体像ともいうべきものが、実に鮮明な輪郭をもって、私の前に立ちあらわれる。
(中略)
 「棺を蓋いて事定まる」という古語には倫理的な意味があるらしいが、そういう倫理的な意味合いをのぞいたもっとも素朴な意味においてでも、これは至言だと思う。
 そういう意味で、墓というものは“死”の標識ではなくて、むしろ“生”の象徴である、といえるかもしれない。

ーーー以降、父親とその墓地(多摩)のはなし
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# by ouraiza | 2002-01-01 01:10 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)
「東京風景 第十一回  墓地」鈴木伸子/著
f0035084_1328570.jpg『画家のノート 四月と十月』Vol.19 2008/10 所収

「東京風景 第十一回  墓地」鈴木伸子/著

ここでは夏目漱石、永井荷風といった作家や文士の墓に参るのもよいが、明治生まれ東北出身で国立大学の教授になった医学博士の先生、昭和のはじめに亡くなった陸軍少将といった、いわゆる無名の人々の墓誌を眺めて歩くのも興味深い。

子どもの頃は、お墓は怖いという先入観があったが、生きている人間のほうがよほど恐ろしいということを、こちら側も悟ってから知る、「掃苔」の楽しみだ。

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# by ouraiza | 2002-01-01 01:05 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)
『百閒日記帖』「大正六年十月十五日」 内田百閒
f0035084_22162551.jpg『百鬼園日記帖』 昭和10~11年初版 三笠書房

『内田百閒集成20 百鬼園日記帖』平成16年初版 ちくま文庫

大正6年10月15日の日記
 三十二
 十月十五日、宵八時、空は雨気を含んで暗く垂れている。北の窗から秋の更けた寒さが障子の紙を透してしみ入る。――今南の小屋根に雨のあたる音がした。耳を澄ましたけれどわからないから、起って行って見た。たしかに雨は降っているらしい。雨脚が粗いため見えないのだろう。いい工合だ、一度に土砂降りになってあの萬燈という不愉快な代物をぐちゃぐちゃに潰してしまえ。
 じっと、こう机の前に坐っていると、この部屋のぐるりは宵の口から段段八釜(やかま)しくなって来た法華の太鼓の音で取りまかれている。今まで虞美人艸の原本整理をしていたけれども、むしゃくしゃして堪らないから止めた。
 豹が出て来てあの法華の太鼓叩き共を食ってしまえばいい。押し倒して太鼓を手から落としたところを腕の根本から噛んでやれ。太鼓は踏み潰す。
 生れてから以来この法華の太鼓位気に入らぬ腹のたつ胸の悪くなるものはない。あの音がいや応なしに耳に這入って来ると心の真奥から真黒な泡がわくわくと泡立ってくる。
 東京の文明には気に食わぬものが沢山あるけれども、この法華の太鼓の様なものはない。岡山ででも聞いたけれども、夫は一枚張りの団扇太鼓で、音もかんかんと秋晴れ又は冬ざれの空に響き返った。大概は乞食のような風体をしていた。または家の中で法事に叩いていた。それらはそんなに好きでも嫌いでもなかった。東京のは太鼓の恰好が人の胸を悪くする。そうして音はどこどこぼてぼてとなる。その、張りも響きもない新仏の怨み声のような音を、角がりの狐の様な顔をした、いやに眉のひきつった若い衆共が無暗に景気のよさそうな拍子でたたく。其間の不調和が何とも云えない不愉快な心持を起こさす。どろすことたたくあの拍子は決して外に類のない最も不快なるタクトである。きいている丈でもむかむかして来る。
 雨の音が近くなって太鼓の音が弱った。
 東京の角がりのイナセの兄哥(あにい)というものは大きらいだ。彼等の顔と歩きぶりを見ると穴を掘って埋めてしまい度い。そうして土の中で犬になったら出してやろう。勿体らしく喧嘩ずきそうな面をしている彼等の傍を通るとき、あたり前の事でそうして彼らが無性に腹をたてる事を云ってやりたい。怒って喧嘩をしかけて来るところを、一一ピストルでうってやる又は何千ボルトかの電気で殲滅する。彼等を退治するには彼等が一番卑怯だと思うことが一番いい。
 その兄哥共が法華の太鼓をいかにも熱心らしく打って来る。片手で太鼓を前につき出して、片手でその前にある太鼓を目を引釣ってたたいている。その醜悪な姿を何度も見た。何と云って悪体をついてやればいいのかわからない。太鼓の音。太鼓の形。その拍子。それをたたく奴。そのたたく姿勢。その顔つきどれを考えてもみな嫌いだ。一所になっているからこちらの気がちがう程いやだ。
 そうして彼等は行列をつくって町を歩く。張りのない、ぬれたまま乾ききらない様な、いやに陰気な音を、いらいらする程から景気のいい拍子で、たたきつづけにたたいて町を行く。
 いい年をした男が提燈をさし上げて勿体らしく列を見ながら行く。太鼓たたきは鉢巻などして、中に馬鹿な奴は白粉をつけて、どろすこたたいて行く。笛をふいて、其笛は車掌の吹く笛だから猶気持がわるい。そうして拍子をとって行く。陰気も陽気も昔風も今風も何もかも構わずにねりあるく。糞だめの様な行列だ。行列の真中に変なものをたててあるく。誰が考え出したものかしらないが、よくもあんなに胸のわるい恰好を案出したものと思う。遠方から見ると、池の中から狐が白いあめんどろをかぶって化けて出た格好である。そうして其中に火をともしている。ついでに風が出てあの火を消してやれ。そうしてここにも亦例の江戸っ子が、その「萬燈」を妙に斜に空へつきあげる様に振りながら、斜めに進んで行く。何の景気だかちっともわからない。レウマチで半身がきかないのだろう。二三日前が池上本門寺の祭だったというから、毎年鬼子母神はそれより二三日遅れて、大方今夜が祭りなのだろう。去年は十一時過ぎる迄あの、人を気ちがいにする音が止まなかった。今夜は、雨が段段ひどくなった。いまに萬燈の紙が破れてしまうだろう。
f0035084_22173281.jpg 二三日前柿本の許へ行く折、江戸川迄のった車の上で行列にあった。耳のそばでその音をきき、若い衆の腹の立つ程愚劣な姿を見たら、車の上から「馬鹿っ」と云い度い声が塊になって咽喉元迄こみ上げて来る様な気がした。其塊を私は感じた。しかし無論云うわけはない。しかし萬萬一私が取り外してその塊を通してしまったら、最初に出る「馬鹿っ」につづいて何百何千の罵倒が恐らく私の声帯を裂きながら出て来ただろう。そうして私はとうとう其声をいつ迄たっても止める事が出来ないで、いよいよ気ちがいになってしまっただろう。
 今夜、これを書き始める前、下へ降りたら祖母様が、「来たら見せてやろうと思って窗をあけている」と云った。私は見せてはいけない、後で子供が真似をすると気がわるいからと云って二階へ上がりがけに、もし見ていたら、行って子供を引きずり下ろして目玉の飛び出す程たたきすえてやろうと顔をほてらして考えた。そうしてすぐ自分の考えに驚き醒めた。
 一番きらいなのは、あの行列の真似を町の子供がしている事だ。大人のよりもまだ一層腹が立つ。みんな足の裏に踏みつぶしてしまってやりたい。
 大きな行列をいつか四国町の文屋へ行く時に見た事がある。本門寺へ行く連中であった。中には三味線を弾いている奴もあった様な気がする。
 彼等を鏖(みなごろ)しにしてやり度い。彼等の行列の上から水をかけてやり度い。彼等の行く道に穴を掘って埋めてしまってやりたい。豹をつれて来て腕を食わす。それが出来ないから仕方がない。もう今年限りにして来年からはこの四五日どこかへ旅行してしまう。少なくともこの音のしないところへ下宿しよう。
 二三年前の今夜は五円かりに先生の許へ行った。行きしなに目白新坂の下で音羽の方から来る此大行列を起ちどまって腹をたてながら見た。そうして先生の許へ行った。先生は心よく五円くれた。返さないでもいいと云った。帰りに其金で矢来の坂のところで原稿用紙を買って来たのを覚えている。雨が本ぶりになった。太鼓の音があまりしなくなった。しかし、出直して又明日の夜来なければいいが。(十月十五日夜九時)

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# by ouraiza | 2002-01-01 01:00 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)
『画集 二十世紀の情景 池袋・雑司が谷』矢島勝昭
f0035084_1894046.jpg平成11年
矢島勝昭/著・発行
A5判 99ページ


目次
・(はじめに)
・駅の東に森があった
・雑司が谷わんぱく時代
・一九四五年 十三日の金曜日
・世紀後半に拾う
・付/随筆 雑司が谷発見
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# by ouraiza | 2002-01-01 00:56 | メモ/雑司が谷の本 | Comments(0)