額    せと
 麻生三郎のデッサンを手許でみる機会があった。川原。煙突。鉄橋。釣りをする人。額の裏板には直筆だと思われる署名と題(地名)が用紙に書かれて貼られている。画材はコンテだと思われる。マットの寸法が少し小さく、ASOというサインの下になにか書かれているのだが隠れている。紙の裏面を見たくても、どうしてそういう仕様にしてしまったのか、裏板の四方にがっちり紙を貼って蓋をし、釘まで打ってある。そういう額装が一般的だったことがあるのかもしれない。このままでは認識に至る詳細が足りない、ということで、額の裏面の蓋をカッターとペンチを使って外した。紙にはスケッチブックのようなものの1ページだったことを示す一辺の切り離し跡があり、鉛筆での記名と「11.6」という数字が裏面に。マットに隠れていた表の文字は「S7」だった。「昭和7年11月6日」と仮定する。検索すると、1913(大正12)年生まれの麻生三郎は1932(昭和7)年に19歳。1930(昭和5)年に太平洋美術学校に入学し、松本竣介、寺田政明、長谷川利行、靉光らと交流をし、1933(昭和8)年に学校を退学。といことは、あくまでも作品に記された数字をもとにした類推の域を出ないのだが、このデッサンは19歳の美術学校2年生の麻生三郎が描いたもの。そのデッサンの小紀行に、誰か画友が同行したりしたのかな、など想像し、たのしい機会だった。
 
 遅番だったので午後のうちに市場へ出品に行く予定だったが天使からヤメチャエバイイノニとメールが来たのでサボる。
 店に戻って新ディスプレイ棚”アルプス”の設置作業に専念。既存の棚をひとつ解体。不安定だったアルプスのキャスターを大きく広く付け替える。アルプスを置いて面陳する本をいいかげんに選んで適当に配置。となりの棚の平台にできてしまう隙間をどう埋めるかかんがえはじめる。

 一ヶ所だけ窪んだ変なスペースで、「淀み」だと感じていた。
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 ひとつの棚を外す。
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 淀みをディスプレイ棚でふさいで完成。
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 結果的にバックヤードが開店以来初めて貫通して広くなった。
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by ouraiza | 2017-04-21 22:58 | 工作 | Comments(0)
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