『早稲田古本屋日録』 (古書現世)向井透史著 右文書院 とても大切な一冊です。全体に突き抜けた爽快感。その裏で印象深く残る曇天、雨、別れの情景。人の心をマガマガしい方向へ引き倒そうと忍び寄る現実の黒い引力に対抗する、引き締まった強靭な筋力。ユーモアの腹筋、詩的感覚の背筋、優しさの上腕筋。でもあくまで文体はしっとりとしなやかで、浸透力の強い水のよう。読後自然に、うつむくことに慣れた本屋さんは顔を上げ、これから本屋になろうとする人はきれいな空ばかり見上げていてはいけないと足元を確かめるのではないでしょうか。なんとなく、青いガラス玉、宝石を思い浮かべながらこの本を読んでおりました。どのお話も忘れがたく胸に沁みるのですが、ぼくは特に、急激に親しくなったお客様のお宅に呼ばれ、そのつもりではなかった買取り作業の手が重く動かないご自身を見つめた「空き地の目」、お客様との神がかり的に微妙なすれ違いが描かれた「月影」が大好きです。
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