2012/6/26        せと
 友人の案内で、広瀬川の河原を歩いた。前もって火星の庭前野さんに電話で訊いてもあった。毎年仙台に行くと広瀬川の河原を探している。橋の上から見当をつけ、藪を進み、どうにかたどり着いた川のほとりは、狭かったり、靴を通してでも石が足に痛くて歩けなかったりした。ここだ、と思った。仙台の駅を降り、徒歩で広瀬川の河原に行きたいのなら、ここだと思った。霊屋(おたまや)橋から愛宕大橋のあいだ。
 石ころを全力で投げる。向こう岸の崖に届くか届かないか。おもむろに川面に向けて。快心の水切りは苦手であきらめている。石を投げることによって、河原の石と川底の石の数のバランスが崩れてしまっていいのだろうか、などとかんがえる。赤い石、青い石、白い石。にわとりの卵とうずらの卵の、まんなかぐらいの大きさの石が投げるのにちょうどいい。石の質によって重さが違う。軽すぎても力がこもらない。重すぎても距離がでない。重さに関する一人会議には結論がでなかった。
 息を切らして力の限りぶつけた石は、いつか自分に向かって投げつけられる石なのだと気持ちのどこかで小さく思っている。
 きれいだったので拾ってきた広瀬川の石。投げるには小さい。
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『豊島区地域地図』既刊全7集のうち6集まで
1988~1993 第1集のみ2刷 他初版 発行/豊島区
各巻解説冊子付き 6冊一括  販売中
 売切

豊島区史研究のための複製地図集。
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大正15年の「東京府下高田町北部住宅明細図」には日ごろお世話になっているキク薬局さんのお名前もすでに今と同じところに。
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第1集 近代後期(町全図・区全図)編 1992年2刷
•東京府北豊島郡長崎村・豊多摩郡落合町
1925(大正14)年6月1日発行
•東京府下高田町・戸塚町
1925(大正14)年4月10日発行
•東京府北豊島郡巣鴨町・西巣鴨町
1929(昭和4)年11月5日発行
•豊島区詳細図
1933(昭和8)年1月5日発行

第2集 近代後期(事情明細図)編 1988年初版
•東京府下高田町中部住宅明細図
1926(大正15)年3月20日発行
•東京府下高田町北部住宅明細図
1926(大正15)年6月1日発行
•町制記念長崎町西部事情明細図
1926(大正15)年12月24日発行
•町制記念長崎町東部事情明細図
1926(大正15)年12月24日発行
•西巣鴨町西部事情明細図
1926(昭和元年)年12月31日発行
•西巣鴨町東部事情明細図
1927(昭和2)年4月20日発行

第3集 近世(江戸切絵図)編 1990年初版
•音羽・目白・雑司ヶ谷辺絵図(近吾堂板)
嘉永4年(1851)冬新刻
•巣鴨・染井・王子辺図(近吾堂板)
嘉永5年(1852)秋新刻
•嘉永新鐫雑司ヶ谷・音羽絵図(尾張屋板)
嘉永6年(1853)秋新鐫
•染井・王子・巣鴨辺絵図(尾張屋板)
嘉永7年(1854)新刻
•参考地図(大日本帝国陸地測量部)
明治42年測量地図合成図

第4集 東京近傍1万分1地形図 2011年初版
•1万分1豊島区地域地形図
「下練馬・新井・早稲田・王子・上野・三河島」合成
1909(明治42)年測図
•1万分1豊島区地域地形図
「下練馬・新井・早稲田・王子・上野・三河島」合成
1916(大正5)年第1回修正
•1万分1豊島区地域地形図
「下練馬・新井・早稲田・王子・上野・三河島」合成
1921(大正10)年第2回修正
•1万分1豊島区地域地形図
「練馬・新井・早稲田・王子・上野・三河島」合成
1929年(昭和4)年第3回修正 1932(昭和7)年加刷修正
•1万分1豊島区地域地形図
「練馬・新井・早稲田・王子・上野・三河島」合成
1937(昭和12)年第4回修正
•1万分1豊島区地域地形図
「練馬・新井・王子・上野・三河島」合成
1945(昭和20)年戦災復興
•1万分1豊島区地域地形図
「練馬・新井・王子・上野・三河島」合成
1956(昭和31)年~1957(昭和32)年第5回修正

第5集 近世(村絵図I)編 1992年初版
•武蔵国豊島郡下高田村絵図
正徳6年(1716)
•武蔵国豊島郡雑司谷村絵図
明和9年(1772)
•読みおこし参考図(各1枚)

第6集 近代(千川上水路図)編 1993年初版
•千川上水路図 完
明治14年から明治17年頃

by ouraiza | 2012-06-26 23:59 | Comments(2)
Commented by 星跡堂 at 2012-06-29 00:13 x
ほ〜〜6冊、4500円はお安い!
この豊島区郷土資料館がまとめた地図集はお奨めですよ〜
第5集に入っている「武蔵國豊嶋郡雑司谷村絵図」は、名主勘右衛門(柳下)が明和9(1772)年2月に代官所に提出したもの。色鮮やかで寺社や名主の家々が名前入りで記載されています。今は無き弦巻川の流れも描かれ、また、興味深い事には、当時の道が今の雑司が谷の街にしっかりと遺っていることも分かります。
村絵図を載せたページです →
http://michikusa-walk.seesaa.net/archives/201105-1.html
Commented by ouraiza at 2012-06-30 20:47
星跡堂様ありがとうございます。以前おっしゃられていたように、やはり豊島区ってちゃんとした区史やこういうものがありますよね。とても面白いです。せと
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