外市      せと
 先週末の第1回鬼子母神通り外市にゲストで岐阜の徒然舎の廣瀬さんがいらっしゃった。昨年お店を開店なさる以前にも往来座に来てくださり、その時も廣瀬さんは「店」に意識的で、いろいろ想いをお持ちのようだった。ちょうどぼくは「まだまだできることをやり尽くしていない」などと意気がって店をもっと変革しなければと念じつつもそのことに疲れていることにもなんとなく気付きはじめたころで、廣瀬さんが悩むということ、に刺激をいただいた。

 「あのさ〜店ってさ〜」という会話をいつもしたい。もっと世の中にあって欲しい。ゆったりと無理せず、てきとーに、でも真面目に、なるべく今感じている漠然としていても正直な感覚を言葉にしたいな、と、廣瀬さんにお会いして思った。

 古書往来座の外壁を使って「外市」が始まったのが2007年2月。それから隔月開催で4年弱、24回続き(全24回のちらし画像・概要)、昨年一年間は休止。休止になってしまったのはぼくのせいで、その理由づけは多少無理矢理ではあります。
 店に沈殿したかったこと。当たり前になってきたのがなんとなく嫌だったこと。やればとても楽しいのだけどやっぱり外売りのノウハウを学習したいという気持ちが芽生えないこと。2ヶ月に1度の騒動にすぎなくてもどうしても気持ちがそれに構えを作ってその構えを店に有効に活かす才能がぼくに無い、その方向にモチベーションが無いこと。さてあのマジックでしか引けないいかした線でポップを書くぞ、とペン立てに手を伸ばすと、そうだあのマジック外市のときに誰かが使ってそのまま備品ボックスにしまわれてしまった、というような、細かくて気色悪いがでもそういう流れゆく膨大な時間のなかでのちっぽけなディテールに賭ける瞬間がどこにでもあり、実はそれは店の日常にとってとても大切なのではないか、という部分。店は個人でありながら集合体で、創作でありながら生成である、という灰色の感覚の部分。つまり実店舗で外市は難しいなと思ったこと。外市は「外」でありながらもやはり自分にとっては古書往来座が舞台とならざるを得ない「内」を抱えていて、かつ「外」はとても面白くて刺激的なので、開催の度、2ヶ月に1度内部がリセットされる感覚があり、熟れて腐乱しそうな内部から、さらに苦しくても腐乱して種が生まれるまでの時間が足りていないと思うこと。などが理由といえば理由。
 店を舞台にするにはスパンが短くて永く続きすぎ、加えて、その舞台となる店の代表が狭量だった。

 そして先週末。古書現世向井さん立石書店岡島さんをはじめとしたわめぞ首脳陣や商店会長キク薬局さんの御尽力で、場所を移して新生外市がはじまった。古書往来座はまったくお手伝いもせず出品もしていないのだが、そわそわする。外市の復活。おかげで、宇宙をさまようような、不思議で極めて楽しい今年の営業最初の週末を過ごすことができたのだった。
 外市初日の余興、お遊びの「盲本道合戦」を仕切らねばならなかったが、前夜からひとり盛り上がりすぎて眠れず、当日にはすでに燃えかすのようになっていて痛飲、言葉を失いご迷惑をおかけしながらも、しかし、本当にすばらしい対決の数々の現場に居合わすことができた。ちょうどぼくが岡島さんに外に引っ張り出されて叱られているとき(救われました)の、タラコマスク対ドラ狂つれっちの準決勝など、とんでもない試合だったとアーカイブではっきりした。延長戦で、二人とも目隠しをされながら手で触っただけの本の刊行年をぴったり言い当てたのだ。なんだかもうあほみたいに楽しくて、泥酔翌日に必ずおちいる自分責め地獄(ぼくの場合「やめろ!」を連呼)が、無かったのだ。そのことがとても不思議だった。楽しさだけが理由なのではないかもしれない。蟲乃海のパンダ姿、純子さんの覆面、五っ葉さんの堅実な補佐、向井さんの太い進行、青聲社さんの名調子、みんなが笑っている。優しいのだ。ぼくなぞがのこのこ顔を出しても外市は怒らない。優しさに包まれていたのだ。真冬の冷たい風の中なのに暖かくて。

 去年の震災以降の変化がなんとなくずっと気になっている。被災地の底知れぬ被害とは比べものにならないが、本棚が揺れている、お客様が一人奥にいらっしゃる、窓からのどかに晴れた外の空気が見える、あの日の三時少し前の番台からの視界が忘れられない。日本人の人心に必ず影響があることだと思う。その方向性。荻原魚雷さんがブログ「文壇高円寺」で、”「ゆるやかな崩壊」という言葉がすごく引っ掛かっている。急激にではないが、徐々に「何か」が壊れはじめている。””思考停止が世の中に蔓延しつつあるようにおもえてならない。”(12/28「ゆるやかな崩壊」)”「自己喪失」しないためには、ひとりで静かに思索する時間が必要なのではないかとおもう。”(12/31「北の無人駅から」) とおっしゃっている。とても胸に迫った。震災を巡る魚雷さんの一連の記事が、とてつもなく大きな問題を身近な言葉で語ってくださっていると思う。

 酔狂への絶望、が震災以降のぼくにはあって、どうしようか、そこから見える希望は何なのか、考えている。そこに組み立てて、一応悩みながら作ってきたものは、実はとても脆いものなのだ。酔狂である、ということに最近やっと気付いた。酔狂とは、バイト時代も含め17年古本屋をやってきて、まったく儲かっていないことである。儲かるとは、次の段階へ進むための資金を、貯金することだ。絶望なんて言い方はおおげさだろう。先端に針のついていない釣り糸を川面に落とし続けて、ついに正気を失いはじめた釣り人なのだ。しかし狂気に希望は無いのか。狂気を抑えていつも通りを装うことを、なるべくしたくなくなってきた、というのが、震災以降今のところの、ぼくの、店の、変化かもしれない。
 八百屋(小売り)をやりながら、農園(製造)をやってみたいと思う。でもまだ何をしたらいいかはわからない。いや!ほんとはやりたいことがある。八百屋であることに全力を尽くせていないたわけ者の思い上がりだろうか。「でも店を作っているじゃないか、店は店主の作品でしょ」という意見には、真っ向から反対する。店は個人の作品ではない。場所ではあるが作品ではない。
 平面を立体にしてみたい。よくわからない。

 数日前に聖書が売れてはっとした。本て、聖書、なのかもしれない、と。インターネットを開けば読めてしまうのに、ブツとして手で抱えたい、人それぞれのその時々の聖書。『10分で肩こり解消』という題の、100円の聖書。それを聖書だと思ってもらうことを、こちらでは操作できない。できるのかもしれない。
 数日前にゼネレーター(発動機)レンタルという業者があると知りはっとした。必要な場所で石油を使って電気を起こす機械。本て、石油、なのかもしれない、と。人間が発動するための石油が本しかなかったら、石油王みたいになれるんじゃないか。

 徒然舎廣瀬さんと真面目に店についてお話ししつつ「悩み抜くべし」などとえらそうに言ったのであるが、その資格はぼくには無く、その続きを考えようとしていて、なんだかよくわからなくなった。お客様がよろこび、儲かって自分もよろこぶ(儲けることができないぼくは嘆き、あげく狂いはじめる)。そのために、できる限り具体的に悩むことが大切だと思う。一列の程よく空いている本棚とぎゅうぎゅう詰めで隙間の無い本棚では、どちらがお客さんが手を伸ばしやすいのだろう。この傘立てを右に置くべきか左に置くべきか。峰隆一郎か隆慶一郎か、カイオンジチョーゴローなのかレイモンドチャンドラーなのか、など、なるべく具体的に具体的に。
 今年から、日々の酔狂からの覚醒をはかり、一日単位だけの精算から、一ヶ月分をすぐに一望できる精算システムに変更してみた。そして、修行時代の因習から抜け出せずに続けてきて、うすうすきゅうくつに感じていた「品切れ文庫・新書」というジャンルを撤廃する。品切れだから、という視線で値段をつけない。もう「品切」と書かない。100件弱しか登録していないアマゾンの商品を、せめて200件に増やす。仕入れの下手さが酔狂への絶望につながっている気がしないでもない、負けグセから開き直って市場にもっと通いたい。

 金ではない、というのは嘘だ。だけではない、かもしれない。古本屋の本当の実りとは何なのだろう。おもしろい。
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by ouraiza | 2012-01-13 23:14 | 外市情報(終了) | Comments(0)
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