まこちゃん
 雑司ヶ谷霊園にアリス・ミラーという人のお墓があり、去年11月に都が無縁墓地のそれぞれに立てた、一年以内に音沙汰がなければ撤去する、みたいなことが書かれた看板が、そのお墓にも立っている。タウン誌『わがまち雑司が谷』の座談会に呼んでいただき、司会のYさんからお聞きした。アリス・ミラーは女性宣教師で、その愛用のオルガンが旧宣教師館に保存されていることぐらいしかぼくは知らないのだが、無縁墓地だから、とか、そういうことなのか。考えてみれば、人のお墓を残すか残さないか線引きすることなんて、事務的に処理せざるを得ない面もあるだろう。でも、都が作った霊園散策パンフにも名が挙がっている。墓参に来る人が必ずいるだろう。昭和30年代に、やはり雑司ヶ谷霊園の竹久夢二のお墓が同じ目にあっていて、その時は研究機関というか、顕彰会というか、そういうところがすぐとなりの墓所を買って、移築したらしい。

 菅原克己に「雑司カ゛谷墓地の小さい墓」という詩があって、『菅原克己全詩集』によれば、<「遠くと近くで」未刊拾遺詩篇>というくくりに入るもの。『遠くと近くで』は昭和34年刊行の第4詩集。そこに入らなかったその時期のもの、ということだろう。全詩集と、『陽気な引越し 菅原克己の小さな詩集』 (2005 西田書店)に収録されている。豊島師範(現西口、芸術劇場があるところ)の学生だったこともあり、姉にそそのかされ詩を初めて意識して他人に見せたのは師となる中村恭二郎が住む雑司が谷だった。「雑司カ゛谷墓地の小さい墓」以外の詩にも、雑司が谷が登場する。<まこちゃんのはか>、2度ほど漠然と探したが、見つからなかった。詩、なのだから、事実に照らすなんて無意味だ。でも、必ずまた探してしまうだろう。
せと

f0035084_254251.jpg雑司カ゛谷墓地の小さい墓
菅原克己

雑司カ゛谷墓地の小さい墓。
年とった姉の家に近く
欅とひいらぎがある場所。
古びた自然石に
<まこちゃんのはか>
と刻まれている。

小さい女の子だろうか。
ジェニイや、
シンネェヴェや、
岸田劉生の絵なども
やさしく重なってくるが、
死はただ
あとさきのない物語りの
稚いひらがなの名だけをそこに刻む
  *
今も、きっと
木の葉がさざめき、
よく透るこどもたちの声が
木陰から聞こえてくるにちがいない。
すると、
すぐ思い出すだろう、
陽が輝く雑司ヶ゛谷、根津山、
蝉、さいかち、鳥黐(とりもち)のむかし。
――小鼻をふくらませて
駆けてきた少年が、
ふと、立ちどまって
ふしぎそうにその名を読んだ。
そして、自分の考えつかぬことに
何かびっくりしながら
また友だちの方へ駆け出していった……。
  *
戦争があり、
愛があった。
遠くから無数の死をたばねて
たちまち通りすぎる年月があった。

ある日、ぼくは
年とった姉を訪ねるだろう。
そして、散歩のついでのように
立ちよるだろう。
夏目漱石とか
島村抱月とかの近く、
<まこちゃん>と呼ばれた
その最初の存在のままでいる
小さな墓。
――今もなお、木の葉をそよがせ、
よく透る子どもたちの声をちらばせながら
ぼくが生きるよりも
まだ遠い時間のなかに……。
[PR]
by ouraiza | 2009-02-05 02:08 | Comments(0)
<< 成川さんからの年賀状2009 09/02/03 >>